56 小野寺史宜 双葉社
本の雑誌社の杉江さんが「神保町日記」でほめていらした本。小野寺史宜は「まち」や「ひと」など以来だ。この人は、物静か内省的でまっすぐな心根の人間を描く。この本もそうだった。
千葉県の館山に一人暮らしする父。東京で働く主人公、冨生は、年に数回、父を訪れるだけだった。が、久しぶりに尋ねてみると、どことなく危なっかしい父がいた。車の後部にはへこみがあって、いつどうぶつけたか、父に聞いても判然としない。父は物忘れが多くなり、調理中に包丁でざっくり指を切ってしまっても、おろおろするばかり。救急医療に連れて行って事なきを得たが、この調子で一人暮らしは無理ではないかと不安になる。幸い東京の仕事はリモートワークとなり、月に一度、出勤すればそれでいい。そこで、彼は実家に戻ることにする。
年老いていく父の姿、思いがけない新しい出会いや、昔馴染みとの再交流、そして東京に残してきた恋人との関係。様々な要素が絡み合うが、基本的には大きな事件は何も起きない、穏やかな日常が描かれる。普通の人の、普通の人生。だけど、それがしみじみと心にしみてくる。この作者はこういう物語が本当にうまい。たいていの人は、こんな風に生きていく。そして、それはその人にとってはかけがえのない人生なのだ。
幼馴染の理髪店に行って、髪を切ってもらう場面があった。懐かしい話をしているうちに、いろいろな昔なじみの今が浮かび上がってきて、その人脈が生活を支えてくれる予感も暗示される。故郷がある人ははこうなのだろうなあ、と改めて思う。転勤族でどこの土地にも腰を下ろせなかった私は、昔から今につながる人脈がない。せいぜい高校時代の友人が一人か二人連絡を取れる程度だ。この場所に帰れば、この人に会えば、生活がつながっていく、そういう場所を私は持っていない。いいんだけどさ。そういうものがある人もいるんだよなあ、そういう人のほうが多いんだよなあ、とは思ってしまった。
