76 クレア・キップス 文芸春秋
梨木香歩による翻訳。梨木さんの本を読んだ後、鈴木俊貴さんの「僕には鳥の言葉がわかる」を読んだので、読書の流れとしてはすごくよかった。
副題は「人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯」である。作者はイギリスのピアニスト。第二次世界大戦中、木から落ちてきた小さなスズメの雛を家に連れ帰り、息も絶え絶えだった彼を生き返らせ、育て、共に暮らし、最期を看取った記録である。クラレンスと名付けられたその小さなスズメは足に障害をもち、そのため野生に戻すことが出来なかった。戦火の厳しい中、彼、クラレンスと作者はともに防空壕にも避難したし、死を覚悟するような危険な目にも遭った。空襲の続くさ中、心ふさぐ住民や子どもたちの前で愛らしい芸当を披露し、彼らを慰めることもあった。
作者がピアノを弾くとクラレンスはその傍に付き添い、ついには美しい歌を歌うに至った。彼の歌ったトリルの含まれる美しい歌の楽譜が残されている。一度は聴衆を集めて歌を披露もしたが、そのときの拍手の大きさに怯えて、以降、人前では歌わなくなったという。
クラレンスは11歳の時脳卒中の一種を患い、時にひっくり返ってしまう症状もあったが、そこからとんぼ返りをして身を起こす技を身にもつけた。ぴょんぴょん跳ねるのが大変なので、一足ずつ歩くことも発見した。そして静かに老いて行った。この本が書き始められたころはクラレンスは老齢で作者は別れも覚悟していた。冷静で落ち着いた観察記録ではあるが、その端々からは愛が溢れている。そして、ついにクラレンスは最期を迎えた。
この本を書くことを作者に勧めたのはウォルター・デ・ラ・メアという作家である。この名前、どこかで聞いたことがある…おそらく子ども時代に「九つの銅貨」という児童書を読んだことがあるのだと思う。
梨木さんの翻訳もまた素晴らしい。一羽のスズメの一生を伴走したような読書であった。