70 中村安希 双葉文庫
旅の記憶は食べ物とセットになる。旅好きの私たちは、帰宅後「あそこで食べたあれは本当においしかった。」と語り合うことがとても多い。景色も、建物も、芸術も、出会った人も思い出深いが、そこで食べたものの味わいが、いつまでも余韻となって体の奥で響いている。
この本は、2020年に出された「もてなしとごちそう」加筆修正して文庫化されたものだ。作者は世界中のあらゆるところへ出かけて行って、様々な人に「うちに食べにきませんか」と声をかけられた。知らない土地の知らない人の家についていって知らない食べ物を食べるなんて、なんて危険な…と思うかもしれない。確かに、全く危ない目に遭ったことがないわけではないが、世界中どこへ行っても、人はそんなに意地悪でも危険でもない。そして、一緒にそこで作ってくれたご飯を食べる以上に分かり合えることもないかもしれない、とさえ思えてくる。
ジンバブエで中国人が作ってくれた汁なし麺「干拌面」、シリアの揚げ茄子をピタパンにはさんだ「バーズィンジャーンマクリー」、スロヴェニアの薄黄色のスープ「ゴヴェヤユハ」、ラダックの蒸し餃子「モクモク」‥‥。どれも食べたことのない、どんな味か想像もつかない、でも本当においしそうな料理である。
言葉なんて通じなくても、人はわかり合える、通じ合える。旅に出るとたびたびそう思える場面に出会う。この作者は、それを食を通じて体感し続けてきた。そして、それを一冊の本にした。
これは、おいしいものを食べただけの記録ではない。話す言葉も、肌の色も、文化も習慣も違う人たちであっても、おいしいものを一緒に食べ合うことで平和に仲良くわかり合えることを確かに教えてくれる、経験の証なのだ。
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