うつくしい人

うつくしい人

82 西加奈子 幻冬舎

「白いしるし」同様、これも十数年前の作品。そして、これも「繊細な小説」である。

上記のような感覚は、誰もがある時期、あるいは継続的に多少なりとも持っているものなのかもしれない。それに支配され、がんじがらめになって、そこから抜け出せず、苦しくてならなくなっているのが、この物語の主人公である。主人公の姉は、美しく、心やわらかで、それゆえに傷つきやすく、家から一歩も出られないまま、時に薬を飲みすぎる。自分は姉とは違うのだ、と必死に自分に言い聞かせながら、彼女は、自身をコントロールできなくなって職を投げ出してしまう。そして、一人でリゾート地に旅に出る。高そうなスーツケースをもって、服装も気を付けて。

人にみじめだと思われないこと、後ろ指さされないことが絶対的な価値基準となっている主人公。リゾート地で出会ったのは、母親の支配を受けてもがいている外国人と、何やら不思議な過去を持っているらしい、デリカシーに欠けたバーテンダー。彼らとホテルの図書室で本を探しながら、徐々に心が解けていくというストーリー。

きっとこの物語を読んで、共感し、勇気をもらう人もいるのだろう。自分の価値基準が「他者からの見た目」に依存していると気づくことも大事だし、そこから脱したいと願うのもまた、健全なことなのだろう。だが、もういいよ、それは、とどこかで思う私である。「人から褒められる私、人から後ろ指をさされない私」を目標として生き続けてきた90歳の母を介護して、私はほとほと疲れているのである。本当は自分は何をしたいのか、本当は自分は何を求めているのか、そのためにはどうしたらいいのか。そうした思考の一切を閉ざして、ただ、他者からの目線で自分を律し続ける人生に慣れてしまうと、先の引用通り、行動の基本はすべて恐怖から来ることになる。「これでいいの?これでいいと誰か言って、承認して!」と願い続ける以外に、自己を律するすべがなくなってしまうのだ。

こういう話、読書してまで会わなくてもいいよ。と、実は思ってしまった私である。擦れたおばちゃんだからねえ。今の自分に疑問を持ち、これからの伸びしろある若い人には、心打つ物語なのかもしれないけれど、私は、図々しくて空気の読めない、ちょっと何かが足りない「漁港の肉子ちゃん」のほうが遥かに好きだなあ。