81 奈倉有里 創元社
信頼の奈倉有里さんの一冊。創元社の「あいだで考える」シリーズである。このシリーズは、創刊のことばによると「本を読むことは、自分と世界との『あいだに立って』考えてみること」だという。現実には交わることのない人々の考えや気持ちを知ったり、自分と正反対の価値観に出会って想像力を働かせ、共感することもできるのが読書だ、という指摘。確かに。で、この本は、翻訳と魔法のあいだの話である。
印刷機から渡された白地図に、言語を選び、目的地を記す。地図を歩き、衣食住を知り、魔法を覚えていく。翻訳なんて詐欺だと言われ、良き詐欺師になろうにもどう噓をつけばいいか?何を伝えればいいのか?そんな感じで、母語以外の言語を覚え、翻訳していく行程を進むのが本書のクエストである。
ここ数年、頻繁に海外を旅してきた。母が亡くなって今年はお休みしているが、落ち着いたらまた行くつもりでいる。個人手配で知らない場所にガシガシと進んでいく。実はそれほどの実力がないから、何処へ行っても泣きたいほど困り果てたり、どうしようと途方に暮れることだってたくさんある。そんな時、ああ、もっと言葉が通じたらなあと思う。なにしろ中学生英語に毛が生えた程度で何とかやっているからね。ノルウェーに行ったとき、あまりに居心地がいいので「ノルウェー人全員が日本語さえ話してくれたらここに住みたい!」と心から思ってしまった。
まあ、だから英語を勉強している。と言っても教室に行ったり、お金をかけても続かないことを知っているので、地道にラジオ学習だ。毎日30分も勉強すれはへとへとである。歳だからね。しかも、昨日覚えたはずのことを、今日はもう忘れている。歳だからね。そんなわけで、へこみながらの言語学習。だけど、この本を読んだら、もう少し頑張ろうと思えてくる。知らない言語を覚えることは、異文化を知ることではない。同じ文化で分かり合えることだ。外国は異文化の場所だなんて思わなくてもいい。
例えば日本にいたって「長くつ下のピッピ」や「あしながおじさん」を一度も読んだことがない人との会話はそんなに長く続かないかもしれないけど、海外でそれらの本を読んだ人と会えば、きっと私はたくさん話ができる。夫はバックギャモンをしに海外の大会へ出向くし、そこには全く別の言語を話す肌の色の違う人たちがいる。だけど、サイコロを振って出目に笑いあったり、駒の動かし方で真剣に討論したりするとき、彼らは同じ好きなものの土台で同じ文化を味わって分かり合っている。異文化なんて思う必要はない。
人と人とは、きっと分かり合える。言語が違っても。そんなに怖がらなくていい。もっとわかりあいたい。そんな気持ちになれる、良い本であった。