118 西條奈加 光文社
そもそもの出会いは古書展。駅前のターミナルビルで、テナントが立ち退いたスペースに古書がずらっと並んでいるところに運良く(悪く?)通りがかった。危ない、危ない、また本が増えてしまう、と腰が引けながらも書棚を見て回る。まだ新しくてきれいな状態のこの本が、半額近い値段だったので、思わず買おうとしたのだけれど・・・いやいや、図書館に行けばあるぞ絶対に、と心を落ち着かせ、ぐっとこらえてその場を離れた。それから数か月。ようやく市立図書館から届いたのがこの本である。
西條奈加は「隠居すごろく」以来である。あれは、温かい気持ちになれる時代小説であった。この作品も、いいところも悪いところも含めて、人間に対する愛と信頼が根底に感じられて優しい気持ちになれる。それって大事だよなー、と改めて思う。
丸山応挙の弟子の彦太郎と、自分流で当代一の絵師を目指す豊三の出会い。諍いながら、互いの実力を認め合い、周囲とぶつかりながらも絵の道を究めようとする二人の姿を描いている。池大雅や伊藤若冲、与謝蕪村など当時の大物絵師も次々と登場する。応挙のかわいらしい犬の絵のエピソードなども出てきてほっこりする。私はあの優しいかわいい犬が結構好きだ。
澤田瞳子の「若冲」にも出てきたが、絵師とはいってもその出自によって差別されたり持ち上げられたりしていたのがその時代。与謝蕪村は、水吞百姓の出なので蔑まれていたと「若冲」にもあったが、この本でも謙虚で控えめで、前に出ない姿と、その理由が描かれている。彦太郎は、武士の出だというだけで威張っている。まあ、それも変わっていくのだけどさ。出自で人の価値を計るって何。とこの本でも考えてしまう。
こういう本を一冊読むだけで、次に美術館に行ってこの時代の日本画を見ると、印象が随分と変わってくるはず。知識は世界を広げるし、想像は現実をより豊かにしてくれる。読んでよかった。