すゞしろ日記 四

すゞしろ日記 四

120 山口晃

前の三巻はどれも非常に面白かった。ついに第四巻が手に入って嬉しかったのだが、このとても細かく描きこまれた本を読み通すのには、けっこうな時間とエネルギーが必要であった。ご本人も端書きで「もともと月一でお読み頂いていたものを本書の体裁で一気に読まれますと、中には胸焼けなさる方もおられるらしく、折角一冊にまとめてもそれでは悲しいので、どうぞ按配なさってお読み下さい。」と書いておられる。おっしゃる通り、ゆっくりゆっくり読み進めた。最後は「もう終わってしまう」と残念に思う程に堪能した。至福の時間であった。

2017年から2024年までのUP連載がまとめてある。振り返ってみても、怒涛の日々である。なんといってもコロナがあり、オリンピックがあった。ガハクは依頼を受けてパラリンピックの公式アートポスターを制作するのだが、それを受けるまでの葛藤がなまなましく書かれていた。読みながら一緒に葛藤し、悩んでしまったほどだ。

そもそもが前大会の閉会式でマリオの扮装をしたABC(アベシンゾー)を見て、嫌なものを見てしまったと感じていたガハク。オリンピックの間は東京を離れようなどと夫婦で言い合っていたのに、ポスターの依頼が来る。都現美の展示作品の政府に対する文言に難癖が付き、作品撤去を指示する上層部に抗って展示を続行した人が依頼主である。「五輪には思うところがあるが、中からできることもあるかと思い関わることにした」という彼の言葉も知る。この毒饅頭に手を出すかどうか、ガハクは大いに悩む。無自覚な翼賛者に話が行けば、その評価は美術全体に返ってくる。美術には戦争画という過去があるというところから思い返し、悩みに悩んでガハクはパラリンピックのポスター制作を受ける。コンセプト説明書には「大会の中心に少しでもちかいところで疑義を呈し続けることを目指しています」と書く。

ポスターには、福島の海、東京湾に現れた福島原発の建屋、競技場を解体し五輪普請で圧迫された被災地へ送り返すトレーラー、親競技場建設によって住居を追われた人々、山ゆり学園や、ガハクの父の元の職場(福祉施設)の運動会なども細かく描きこまれており、馬に乗って矢をつがえた若武者の狙いは永田町霞が関か、とそのコンセプトの文面において説明されている。それでも「美術のためのアリバイ作りに堕していたかもしれない」と反省もし、取材も受けてあげた声をさらに広めてもらえたこと、でも、その実効性はどこまでかわからないことなど、最後まで苦悩した経過が載っていた。

正直なところ、スポーツに興味はなく、とりわけその時期、強い疑問しか持てなかった私はほとんどオリンピックに興味を向けず、競技ほぼ見ていない。なので、ガハクのこのポスターについても何も知らなかった。この本を読んで初めて知った次第である。断るよりは疑義を呈そうというガハクの姿勢には誠実を感じる。愛知ビエンナーレ問題への言及もあって、ガハクは言うべき時には言う、信念の人であるということがよく分かった。

上記はこの本のしょっぱな数十ページの部分の話であり、その後は前作同様、ガハクの日常や制作エピソードなどがちりばめられている。おいしい食べ物や大好きなラジオ話もあって楽しいし、美術について熱く語っているところも興味深い。親戚の五歳児が展覧会に来てくれて、彼女に翻弄されつつ子どものすごさに心打たれるあたりも実に深いものがある。

一冊あれば半年から一年は十分楽しめるなー、とつくづく思う。機会があったらじっくり読んでほしい一冊である。この人を知って、楽しみが増えた。