2 横道誠 集英社
「イスタンブールで青に溺れる」の横道誠である。彼は自閉スペクトラム症を診断された文学者である。自閉スペクトラム症とは、特異なコミュニケーション、強烈なこだわり、敏感すぎたり鈍感すぎたりする感覚世界によって特徴づけられる発達障害である。だが、この自閉スペクトラム症が病気や障害だという従来の見方は誤解だという認識が、いま世界には広まっている。自閉スペクトラム症の特性をもった人は、近年、人口の一割弱もいて、環境に恵まれれば健康に生活ができる。この考え方によれば、この特性をもった人は「ニューロマイノリティ」(脳の少数派)であり、そうでない人は「ニューロマジョリティ」(脳の多数派)なのである。
自分勝手でてんでバラバラなのにムーミン谷ではみんなが仲良く暮らしている。作者は、ムーミンキャラクターの多くにこのニューロマイノリティの特性が備わっており、それが独特の世界観と調和に繋がっていると考える。実際、ニューロマイノリティの自助会に参加した作者は「ここはムーミン谷だ」と感じたという。そして、彼らの多くはムーミンシリーズのキャラクターに共振することがとても多い。そうした観点から、トーベ自身やトーベが生み出したキャラクターたちをニューロマイノリティ的特性によって分析し、読み解いたのがこの本である。
なるほど、これは新鮮な視点であった。そして、無理矢理な部分も多少はないとは言えないが、かなり妥当な分析であると感じられる。ムーミン谷の住人たちの不思議な行動や突飛な言動も、ニューロマイノリティ的観点から見直せば、理解し納得できる。それは実は美しく静かな世界でもあったのだ。
「終わりに」の中にあった、ニューロマイノリティが、他者の視点に立って物事を考える能力に欠けていると論じられてきたことに対しても、それは、認知の仕組みが大きく異なるニューロマジョリティを相手にしているからである、という指摘は目からうろこであった。ニューロマイノリティ同士は同質性が高いから相手の心の動きを理解しやすいという。ニューロマジョリティが、実際にはニューロマイノリティの心を十分理解できずにいるにもかかわらず、自分たちが多数派であるがゆえに、少数派を「能力がない」とみなしてきた、という指摘にははっとさせられた。
と、小難しいことを書き連ねてしまったが、本書内では、魅力的なムーミンシリーズをひとつひとつ読み解いているのであって、読み進めるにつれ、もう一度ムーミンシリーズをちゃんと読み返したいとうずうずしてしまうのであった。ムーミン好きの人は、ムーミンシリーズの新たなる魅力に気づくきっかけになる本であると思う。