74 村木嵐 幻冬舎
第13回「本屋が選ぶ時代小説大賞」、第12回「日本歴史時代作家協会賞作品賞」、直木賞候補作。と言っても私は全然知らなくて、夫が読んで面白かったというので回してもらった。
主人公は九代将軍、徳川家重。生まれつき体に障碍があって、足を引きずり、言語不明瞭、しかも頻尿でよく尿をもらす。座った後が濡れており、歩くと尿の跡がつく。それを「まいまいつぶろ(かたつむり)」を陰口をたたくも者もあった。かの有名な大岡越前守忠相の遠縁にあたる大岡忠光だけが、家重の言葉を理解できた。彼が家重の口となり、決して出過ぎた真似はせず、通訳に当たったことで、家重は意思表示することが可能となる。二人で手を携えて、当初は廃嫡とまで言われながらも将軍職を務め、生涯を終えるまでの物語。
言葉が不明瞭であること、手足が不自由であること、その苦しみと悔しさ、そしてそれを支える者の気持ち。そういったことがとても明瞭に伝わってくる。登場人物もそれぞれに魅力的で、明白な悪人が出てこないあたりもとても好感が持てる。だって、人間、本物の悪の権化なんてめったにいないからね。だれもが悪人じゃないからこそ、リアリティがあるというものだ。とりわけ吉宗はやっぱり面白い。彼が死んだら途端にちょっとつまらなくなった気すらする。
作者は司馬遼太郎の妻、福田みどりの個人秘書だった人。でも、司馬遼太郎とは芸風は違う。歴史好きはひしひしと伝わってくるけど。これを読んで、よしながふみ『大奥』の家重のあたりをもう一度読んでみようかな、と思った。面白かった。
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