86 盛口 満 岩波ジュニア新書
化学には恨みがある。その話は少し前に書いた。ごく簡単に言うと、高校の化学の教師があまりにもひどく、何一つ生徒に伝えようとするもののない授業であったため、高校生の私は化学の学習を放棄したのだ。でも、化学を知らないということは長い間、私の欠落感となった。それで大人になってから何冊か本を読んで穴を埋めようとしたりしていた。
この本は、作者が沖縄の夜間中学で理科の授業をした時の体験が元になっている。第二次世界大戦において、沖縄は本土防衛の時間稼ぎのために住民ごと激烈な地上戦に巻き込まれた。県民の四人に一人が命を落としたのだ。その影響は戦後にも及び、満足に義務教育を受けることのできない人々を生んだ。とりわけそれは女性に多かった。困難な状況下、男子は学校に行かせても女子は幼い内から家事や労働に駆り出されたのである。そういった女性たちが60年以上も経ってようやく義務教育を受けに来た、それが沖縄の夜間中学である。彼女たちの学習は、進学や就職のためではない。「学ぶことは楽しい」「新しい自分に会える」からである。そうだ、勉強とは何かの役に立つためだけではない。自分の喜びになり、人生を豊かにするためのものである。私もそれを知っている。こんな年齢になって、世界史や化学、それに英語なんかを学び直すことを楽しみ、喜んでいる私である。
夜間中学の生徒たちは「化学変化」などと言う言葉を聞いたことがない。けれど、料理はたくさんしている。化学変化の特徴は「物が変化する前からすっかり変わって元に戻らないこと」である。だから、実験室で肉じゃがをつくると、肉やジャガイモはすっかり変わって元に戻らないのがわかる。しかも化学変化の特徴には「熱の出入りが伴う」のだからわかりやすい。この他にも、塩やロウや砂糖など、身近なもので実験は続く。金属とは何か、という学習をしていると、捕虜収容所でコンビーフの缶の開け口を使って針を作った経験談が飛び出して来たりもする。作者は化学を教えてはいるのだが、それと同時に生徒たちの辿ってきた歴史や経験を教えられている。沖縄の人々のこれまでの様々な苦悩やそれを乗り越えてきた経験を、彼もまた生徒から学び取っているのである。
勉強ってそういうことだ。何かを丸暗記して、それでテストで良い点を取って、そうするとすごいと言われる学歴を得て、結構な収入を得る仕事に就く、そのための道具ではない。人が生きてきた様々な経験を伝えあい、教え合い、これからの人生をより豊かにしていくための方法こそが勉強なのだ。ホント、それがこの本を読むとよくわかる。こんな授業を私も受けたかった。これこそが教師の仕事だ。高校時代、質問に行った私に「それはテストに出ないからわからなくても良い」とだけ答えて去って行った、あの化学の教師に、そのことを教えてやりたい。
