42 光浦靖子 文芸春秋
光浦靖子が好きだ。たぶん、ずっと前から。彼女は正直だし賢いし、小心者なのにチャレンジ精神だけはある。やりたいのにうまくやれない、でも、やっちゃう。そんな矛盾した彼女の在り方が、好きだ。
50歳を過ぎてコロナ禍のさなかに仕事を打ち捨ててカナダに留学するなんて、なんとチャレンジングなんだ、と感心するが、当の本人はびくびく、おどおどしながら、たくさん失敗を重ねている。後悔や自虐にまみれながらも苦労して何とかやっている。そんな姿に共感する。
コロナの真っただ中にカナダに行った彼女。飛行機の待ち時間に何か食べようと思っていたのに、空港内の店が全部閉まっていたところからすべてが始まる。カナダに着いてもそのまま隔離ホテルに直行、三日間は一歩も出られない。食事はドアの外に置かれる。その後、ホームステイ先に車で移動、今度はそこで五日間の隔離。コンピューター越しにナースの指示で検査キットを鼻に入れて検査、ラボに送って二日後に結果が届き、ネガティブだった場合は15日目から自由になれるはず。ところが、まずは予約したはずの時間になっても画面にナースが登場しない。待ちに待って、ようやくナースが出ても、途中でフリーズ。再チャレンジしても、また同じところでフリーズ。三時間待って窓の外を通ったホームステイ仲間に助けを求め、ドアを開けて三メートル離れたところから指示を受けて再チャレンジ、こちら側にはミスがなかったことを確かめただけ。翌日はスマホで再チャレンジ。すると、その予約番号はない、と言われる。大奮闘の末、なんだかんだでようやく検査を受け、ラボに送ると今度は結果が来ない。相談先に電話するとたらいまわし。友人たちに相談するも、全員たらいまわし。翌日は、なんと電話すらつながらない。17日目、ようやくネガティブの結果が届き、ベッドで泣いたという。
そうなんだよね。海外で何かうまくいかないときのあの絶望的な気分。それ以外にも、カレッジの入学を延期してほしいと頼みに行って即座に断られ「You can do it!」しか返ってこない無力感とか。この件は、相談に行った教師が「延期できるよ」と受付に同行してくれたらすぐに解決したという。そうなのよ、黄色い肌のおばさんが穏やかに相談に行っても全然相手にされない状況、私もよく知ってる。強く主張したり、白い人を同行すると解決するのって、よくあること。負けちゃいけないんだけど、心が消耗するよね。光浦さんもひとりで苦労したんだ。タレントだから、有名人だから、何でもスムーズにいくなんてこと全然ないもんね。
学生生活が始まってからも、英語が全然上達しない、スイス人留学生に明らかに全無視される、引っ越した家が虫だらけ、匂いが酷い‥‥。でも、カナダは広い、自然が豊かでおおらかで。最初は一年間のつもりだったのに、気が付けば日本の荷物を全部処分して財産はトランク二つだけでカナダ三年め。まだまだ続けるつもりだという。いいねー。身分証明、本人確認を「Wikipediaを見て」で終わらせられるのは楽でいいな、と思う。日本のタレント人生が役に立つのはそれくらいだけど(笑)。
人生の喜びや目的は名声やお金じゃない。そうつくづく思う。50歳過ぎてカナダ留学にチャレンジして、苦労して泣いて泣いて、でも、いろんなものを得て、まだカナダにとどまろうとする光浦さんってかっこいい。私も頑張って生きようと思えてくる。この本は、まだカナダ生活のはじめの方しか描かれていない。この後、二年間のカレッジ生活が始まるのだ。続きも読みたい。光浦さん、続きも書いてねー!!