12 谷川俊太郎 伊藤比呂美 中央公論新社
谷川俊太郎と伊藤比呂美の対談集。谷川さんは先ごろお亡くなりになったが、この本の中では詩についても、死についても語っていらっしゃる。伊藤さんは死が近づいた人に死について語ってもらうということを何人もを相手にやっていて、ここでもこうして答えてもらえたと言っていた。そういうことをやってのけるのが伊藤比呂美さんのすごいところである、と思う。
まだ私が若くて結婚したてだったころ、当時住んでいた仙台の書店の企画で谷川さんと佐野洋子さんの対談が行われた。ちょうどその頃、伊藤比呂美「良いおっぱい悪いおっぱい」を読んでびっくりしていた私は、質疑応答の時にそのことを谷川さんに投げかけた。谷川さんは「彼女は若いからね、いろいろやりたいんでしょう」とあっさり片づけた。すると佐野さんが突然怒ったように「そんな簡単に言うもんじゃないわ、子どもを産み育てるってすごく大変なことよ。私は育児に関しては何一つ偉そうなことを言えないけれど。」というようなことを言って、谷川さんはなんだかしょんぼりされた。このお二人が結婚を発表されたのはその後のことである。なぜかこのやり取りを私は鮮明に覚えていて、のちにお二人が離婚された時、谷川さんのあのしょんぼりした顔を思い出したものである。
それから何十年もたって、子どもの小学校の企画で、私は一度だけ谷川さんのお宅にお邪魔したことがある。その家で、この対談も行われたので、あの居心地のいいリビングを思い出してしみじみしながら読んだ。あの対談から何十年、話題になった伊藤比呂美さんと谷川さんの対談。それはとてもとても面白いものであった。
谷川さんは詩の神さまであるが、ご本人はそんなのどうでもいいらしい。本当はことばなんて使わないで、外でぼーっと空を眺めている方がいい、でもそれじゃ商売にならないからね、みたいなこともおっしゃる。ことばを信用していない、意味ってつまんないじゃん、なんて。あの存在を書きたいと思って一生懸命あれこれやっていくうちにどんどんこぼれていくと。そうそう、その感じがある、と伊藤さんも共感する。そうは言うけれど、谷川さんの詩のことばには力があって、私たちはそれに心動かされ、胸打たれ、はげまされる。広い世界を見せられたり、深いところに降りていける瞬間があったりもする。
死は怖くないけれど、苦しいのは嫌だな、老衰がいいと言っていらした谷川さん。どうやらお望みどおりだったのだろう。それに何か救われる。私の老母も、今、ぎりぎりの淵に立って、どちらに行こうかの瀬戸際である。どうか苦しくないように、安らかであれるように、と祈る気持ちである。