77 岸本佐知子 白水社
岸本佐知子のエッセイ集。この人のエッセイ集は「なんらかの事情」で、面白いと知っていた。翻訳もすごいが、エッセイもすごいのだ。今回は、古くは2000年からつい最近まで、あちこちに書いた文章でまだ単行本に収録されていないもののなかから選んで一冊にまとめたものだという。だから、2000年代初期のころの日記なんてあって、おお、そんな時代もあったことよのう、と遠い目をしてしまう。コロナも東日本大震災も原発爆発もなかった時代が夢のようにさえ思えた。
日常エッセイだから、基本、重要な出来事が書かれているわけではないが、実に面白い。たとえば、幼稚園時代、お人形遊びをしながら「これのどこが面白いんだろう」と思ったことが書かれている。でも、そのことはなぜだか絶対に言っちゃいけない気がしていた。ばれちゃうから。ばれるって何が?わからない。地球人のふりをしている宇宙人も、こんな気持ちかもしれない。
大学四年生の時にスペイン人のイエズス会の神父に「キーシモートサーンは女性として欠陥品ネ」と言われた。生涯女人断ちを誓った男性にそんなことを言われる筋合いはない、とはその時少しも思わず、それまでの人生のいろいろがその一言ですべて説明された気がして「なるほどなー」と妙に納得した。前世が見えるという人に、今までずっと男男男男男、男で男で男で、今回初めて女に生まれてみたと言われた。「だから女性としてどう生きていいかまだよくわかっていないし、女性のオーラもほとんど出ていない」といわれてやっぱり妙に納得したという。
とかそんな話。あとは、「もう一度読んでみた」シリーズ。「クマのプーさん プー横丁にたった家」「海のおばけオーリー」「にんじん」「小僧の神様」「銀の匙」「ムツゴロウの無人島記」など。私もたまにこれをやる。子ども時代に読んだ本の再読は、いろいろな発見があって、実に楽しい、興味深い。本だけでない、いろいろなことがわかる。
「ベストセラー快読」シリーズは、2001年あたりに朝日新聞に連載していたので当時も読んだと思う。今振り返ると、もう記憶にも、誰の書棚にも残っていないような、一瞬の花火のような本がほとんどなんだが、それをばっさばっさと切っていく文章が心地よい。
『なぜか「仕事がうまくいく人」の習慣 世界中のビジネスマンが学んだ成功の法則」は、一言でいうならとにかく「すぐやる」ということ。仕事に優先順位をつけずに、メールの返信であれ、書類の作成であれ、端からすぐにやる。すぐに、そして正しくやる。仕事をためない。スケジュールもデスク周りも常に整理整頓しておく。計画をたて、定期的にその計画を見直す。それらを一度だけやるのではなく、習慣化する。それらは百パーセント正しく、自分がそれをやれるだけの勤勉さと粘り強さと実力さえあったら今頃自分の名がダメの代名詞として語り継がれることも無かっただろう。だが、それくらいならいっそ一度死んで生まれ変わったほうが早いという気がしなくもない。・・・・とか。
それから、岸本佐知子は、実は坪内祐三氏の小学校の後輩だったのだという。この名を見ただけで、ちょっと胸がいたむ。なんて豪華な小学校だったんだ、赤堤小学校。ツボちゃん追悼の文章はさりげなくて愛に溢れている。
翻訳文学が、登場人物が全員ガイジンだからという理由で敬遠している人にお勧めする数冊の文章もとても良い。そこでおすすめされた本を実際に図書館に何冊も予約した。岸本さんのおすすめなら間違いない、と思う。そして、そうだよな、確かに登場人物がガイジンだという理由だけで敬遠してたよな、と反省したのである。
この本を書店で店員さんにお尋ねすると「なんという本ですか?」「わからない‥です」「題名が分からないとご用意できませんが」「ですから、わからない・・です。」というやり取りが実際にいくつもあった、ということにしたいね、面白いから。で、この本、電車の中で読むと笑っちゃうので、皆さんお気をつけてね。私は新幹線の中で、確かに笑ってしまったのだった。