アトリエ雑記

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2021年4月26日

19 牧野 伊三夫 本の雑誌社

絵を描ける人はいいな、とよく思う。目に止まったもの、心惹かれたものの形を、捉えたままに残せるのが羨ましい。どんなに文字で書き起こしたところで、それがどんな形だったのか、色合いだったのか、同じように残すことができないなあと思う。

この作家は画家である。生活雑記や旅や料理の話にさらっと絵が添えられている。それが文章に温かみを与え、親しみをもたらす。文章もまた、絵を描くかのように静かに丁寧に目が行き届いている。

雪かきのこと、軽井沢の旅のこと、自分で作るちょっとした料理のこと、長生きした祖母のこと。なんでもない、なんの事件も起きない文章から、しみじみと作者の日々が湧き上がってくる。随筆とはこういうものだよなあ、と改めて思う。

豊かな生活とは、モノにあふれていたり、贅沢をすることではない。こうやって身の回りに丁寧に目をやり、手を加え、質素でもおいしいものを手早く作り、しみじみと味わう生活のことを言うのだ、と思う。