アメリカン・プリズン

アメリカン・プリズン

2021年11月1日

92 シェーン・バウアー 東京創元社

朝日新聞の短歌の投稿欄、朝日歌壇によく選ばれる郷隼人という歌人がいる。彼は、アメリカの刑務所に服役している終身刑囚である。生涯出られないであろう刑務所の中で作られる歌はひどく印象的なものが多い。が、ここ数年、彼の歌をあまり見ない。どうしたのだろうと心配する私のような人間も多く、問い合わせもあるという。新聞記事によると、刑務所内の環境が変わり、静かに短歌創作に向かえない日々が続いている、とのことであった。

刑務所内の環境によって創作ができない、というのが、最初、私にはよくわからなかった。服役というのは、獄舎の中で、静かにひたすら時間がたつのを待つような生活ではないのか。いやいや、そんなものではない。ということが、この本を読んだらよくわかった。もちろん、郷氏が収監されている刑務所が、この本に描かれたような状況かどうかはわからないのだが。

アメリカの受刑者は約150万人。そのうち約13万人を収容する民営刑務所の実態を調査するため、ジャーナリストである作者は刑務官募集に応募して潜入取材を行う。採用試験はあっさりと通り、時給は9ドル。小型カメラと録音機を隠し持っての勤務が始まる。

現在のような民営刑務所制度が始まったのは1980年代だが、刑罰が経済的利益によって主導される構図はアメリカ独立以前から存在した。そもそもイギリスは囚人をアメリカ大陸に送り込んで開拓に従事させた。イギリスからアメリカに囚人を運ぶ任務にあたったのは奴隷貿易の経験のある商人だったという。南北戦争以後、奴隷解放に伴い、農場の労働力を失った大規模農園は、奴隷の代わりに囚人を国から借り受けるという方法を思いついた。解放奴隷は生産手段を持たず、最終的に犯罪に走るものも多く、刑務所に収監され、一日いくらで農場で労働させられる。いわば、形を変えた奴隷制が始まったわけである。しかも、奴隷は主人の財産として生存を維持することを要するが、囚人は死亡すれば代わりを補充できる。労働は更生のための教育とみなされ、働きが悪い事を理由に拷問を行っても処罰の範囲内とみなされる。南部の大規模農場が大きな収益を上げるのに囚人労働は大きな役割を果たしてきたのである。

現在の民営刑務所は、国家から囚人一人あたりいくらという対価をもって囚人を収容し、服役させる。つまり、囚人に対する食料をできるだけ削り、医療をなるべく与えず、刑務官の数を出来る限り減らすことで利益率は高まる。刑務官一人が担当する囚人の数が増えれば増えるほど、囚人が暴動や問題を起こしたときの対処は武器や催涙ガスなどの暴力的な対応に頼ることになる。運動やリクリエーション、癒やしの時間などは省略すればするほど効率も上がる。

作者が実際に勤務した民営刑務所では、安い賃金での劣悪な労働によって刑務官は長続きせず、常に人員が変動していた。刑務官の安い賃金を囚人たちも知っていて、薬剤やタバコを密かに手に入れたり、性的な関わりを持つことを刑務官に持ちかけることが横行していた。どちらが囚人かわからないようなやり取りが飛び交い、騒ぎが大きくなると催涙ガスや拷問が抑制に使われた。囚人の自殺率や病死率も高かった。自殺をほのめかす囚人は一箇所に集められ、自殺の手段がないように裸にされ、鉄製の硬いベッドに一日中寝かせられ、結果、さらに精神的に追い詰められていった。明らかに病気であっても仮病だとして医師の診察もほぼ受けられず、食料も極限まで制限されていた。十分な監視が行われずに逃亡が起きても報告がされず、刑務官たちがなんとか探し出しては脱獄者を懲罰房に閉じ込めてごまかしたりもしていた。囚人同士の喧嘩やレイプも横行していたが、それを止めることはなく、どちらかが勝つまでは放っておくのが常態であった。時々、チェックのための監視官が来ても、刑務所内をグルっと回って100点をつけて帰るだけ。

民営刑務所の経営会社は様々な妨害工作を仕掛けてきたが、こうした劣悪な実態を、作者はついに発表する。本は全米でベストセラーとなり、オバマ大統領は作者と懇談し、この会社を民営刑務所の経営から外すことを決定する。が、トランプ政権以後、この会社は会社名を変えて刑務所運営に復帰し、さらには連邦移民収容センターの運営まで行うようになる。

アメリカとは、人権の国ではなかったのか。世界の様々な国家に対し、まるで警察のように、人道的であれ、と命じ、人権が守られないからと言っては内政にも干渉していたのではなかったのか。自由と平等の国ではなかったのか。囚人であれば、悪いことをやったのだから、どんな報いを受けても当然である、ということか。日本でも、犯罪者の人権など守る必要はない、という声高な主張を聞く。それが、どんなことであるのか、どんな意味を持つのか、を今一度考え直さねばならないのでは無いかとしみじみと思う。経済を優先させることと、人間一人一人が人権を持っていること。大事なことは何だったのだろうか、と改めて考える。

アメリカという国の暗部を見せられた一冊であった。