62 安野光雅 朝日新聞社
今のマンションに引っ越すときに、蔵書の半分を処分した。以後、本は買わないで図書館で借りよう、と固く誓い合った我々夫婦であった、はずである。が、何故かじわじわと本は増える。先日、近所の百貨店に行ったら古書展をやっていて、これは危険な場所だ…と思ったのにうかうかと近づいてしまい、結果、この本を買ってしまった。ごめんよ、また増やしちゃったよー。
安野光雅の絵は好きだ。この本は絵本というか画集の側面もあって、表紙カバーをめくると別の絵が登場するし、ページをめくるごとに新たな絵が見られるので楽しい。オランダの各地を旅しながらのスケッチとエッセイである。最後にオランダの地図が描いてあって、そこに隣国「西ドイツ」と表記があったのではっと胸を突かれる。まだドイツが東西に分かれていた頃の本か…と改めてみると1988年の出版であった。遠い昔だなあ。
チューリップが好きだ。能天気に空に向かって花びらを開く、色とりどりのチューリップを見ると元気が湧いてくる。一度オランダのチューリップ畑を見に行きたいとずっと思っていた。この本には「花の”大群”」というエッセイが載っている。
わたしは、ハーレムからライデンに向かう田舎道を走っていた。きれいだとか、ぜひ見ておけと言われても、たかがチューリップではないか、というある種の疑いは消えなかった。(中略)
すると右や左に一面に、紫や黄の花畑が見えはじめたのだ。紫はヒヤシンスで、黄はスイセンの驚くべき大群だった。花を大群などと言うのはおかしかろうが、ほかに言葉を知らない。何しろそんなものを見たことがなかったのだ。そのうち赤や白の広大な畑もひろがってきた。これは人間のすることではなく、虹やオーロラのような天然現象と考えたほうがいいとさえ思うようになった。きざな言い方に聞こえるだろうが、地面に虹が降りてきたんだと‥‥。(中略)
たかがチューリップなどと言ってはいたが、ここならレストランもあるだろうしと、ともかく車を止めてよく見たらものすごく大きい温室があった。入場料も駐車料もただである。わたしはその温室に入って息をのんだ。チューリップはもちろん、ヒヤシンスやしゃくなげなど、それぞれ色とりどりだが、とりわけチューリップは千変の花の姿で、その見事な場面は絵にも描けず、写真にも撮れるものではなかった。(中略)
ここが有名なキューケンホフ公園(サワキ注:有名なチューリップ公園)であるか?と聞いたら係の人は遠慮がちに「ここはただの農園です。あなたが言う公園はリッセにあってこの道を行けば必ずわかる。この何百倍もある大庭園です」と言った。(引用は「オランダの花」安野光雅より)
もう、この章を読んでしまったら、オランダに行ってチューリップを見るしかないではないか。散歩の途中で十数本のチューリップが咲いているのを見るだけで幸せになるのだから、そんな大庭園のチューリップの大群を見たら、私は天国に行ってしまうかもしれない(笑)。
オランダは鎖国時代にも日本とかかわりのあった国である。であるがゆえに、日本史選択だった私にも、歴史的に親しみのある国である。シーボルトの故郷のライデンや、そこから派生して「解体新書」の話題が取り上げられているのも楽しい。幕末の咸臨丸が、実はオランダで造船されていたというのもこの本で初めて知った。
「アンネの日記」のアンネが隠れ住んでいたのもオランダである。いつかオランダにも行きたい。良い本であった。