134 小川洋子 文芸春秋
「耳に棲むもの」以来の小川洋子である。彼女は、どこか狭い場所の中にこもる話をよく書く人だ。「耳に棲むもの」は耳という小さな場所の内側の物語であった。今回は「内気な人々の会」が作ったコロニーが物語の舞台だ。「魂を慰めるのは沈黙である」と書かれた額が門番小屋には掛けられている。そういえば「琥珀のまたたき」のアンバー氏も、ささやくような小声でしかしゃべらない人だった、と思い出す。
内気な人々の会は、雑用係を一人募集した。門番が一人座るだけのスペースに無理矢理椅子を二脚しつらえて面接が行われた。応募者と向き合った面接官は履歴書に視線を落としたまま、何の質問もせず、無言の時間を貫いた。耐え切れなくなった人はすべて不合格となった。主人公リリカの祖母は、自分が何を試されているかを正しく理解した。ただ黙って、自分の存在を消し、まるでいないも同然の気配をまとって沈黙と一体となった。そして、雑用係として採用された。それで赤ん坊だったリリカはこのコロニー「アカシアの野辺」で育ったのだ。
そもそもサイレントシンガーという題名が矛盾している。歌手なのに沈黙。だが、リリカはそういうシンガーとなった。サイレントシンガーであるリリカの生涯がこの物語である。あたかもいないがごとく、その存在を消し去り、それでもその歌声が誰もの心に、それと気づかせもせずに染み入っていく。いないようだけれど、いる人。聞こえていないようだけど、心に響く歌。何もしていないようで、大事なことをしている存在。そういうものたちを静かに描いた作品である。
読み終えるのがもったいなくて、時間をかけて読んだ。小川洋子の物語は、いつもこんな風に読みたくなる。彼女にしか作り出せない世界にどっぷりと浸って、ずっとその中に居続けたいような気がする物語であった。
