116 笠原一郎 三五館シンシャ
このシリーズは「交通誘導員ヨレヨレ日記」以来である。結構面白いというか、あまり人に知られていない職業の裏側を描く、目の付け所の良いシリーズだと思う。
作者がキリンビールを57歳で早期退職したのちに東京ディズニーランドに準社員として入社、65歳で定年退職するまでの八年間の経験が書かれている。
ディズニーランドのキャストの労働条件は、実は過酷てブラックである、というある種の都市伝説がある。それでも、キャストになりたいという人はあふれているらしい。夢の国で働けるのなら・・・と考える人も多いのだろう。
ところで、私はディズニーランドもシーも、別に好きではない。行ったことは何度かあるが、やたらと人が多くて、なんでも高くて、そんなに楽しめない場所だという印象しかない。アメリカの歴史が先住民族への侵略と虐殺の歴史であると知っているので「古き良きアメリカ」も享受できないし、頭の大きいぬいぐるみたちに出会ったところで特に感激もない。転勤で夢の国のすぐ近くに住んでいた時も、大雪の日に「今日くらいは空いているだろう」と子どもを連れて行った程度だ。子どもが大きくなって以降は友達同士で行ってくれるようになったので、やれやれ、もうあそこにはいかなくて済むぞ、と思ったものだ。関西に引っ越して「千葉県から来た」と言ったら「ディズニー行き放題やな」と言われたが、そう言った人のほうがはるかに多く「インパ」していた(ディズニーランドに行くことをそういうらしい)ことが判明して互いに笑ってしまった。
そんな夢の国のキャストがどんな風に働いているか、というお話である。準社員と言えば聞こえがいいが、結局はアルバイト、パートのたぐいであって、時給で働く、決して条件のいい仕事ではない。そして、厳しいお約束や規則が山ほどある。まあ、それでも気持ちのいい夢の国を作り上げるために、皆、それぞれ頑張っているのである。子どもの嘔吐の後始末や、成人男子の喧嘩仲裁や、我を忘れて走るゲストの抑制やら、結構大変そうである。
ある時、枯葉を箒で掃除していたら「何をしているんですか?」と聞かれたので「ゴミを集めているんですよ。ポップコーンなんかがあちこちに落ちていますから」と答えたら、怪訝そうな顔をされた、という。その後も子連れのお母さんに「何をしてるんですか?」と聞かれたので同じことを答えたら、とてもがっかりした顔をされた。どういうことか?と上司に尋ねたら、「夢のかけらを集めています!」がオーソドックスな答えである、と教えられたという。ピーターパンのアトラクションの近くを掃除していたら「ピーターパンが振りまいた落ち葉を集めています」とか、イッツアスモールワールドの近くなら「幸せのかけらを集めています」とか言うらしい。そう答えると、ゲストはキャアキャア言って喜ぶのだそうだ(笑)。ある時など「愛とは何ですか?」などと問われてしまって、とっさに「愛とは決して後悔しないこと」(「ある愛の詩」より!)と答えたら「深い!」とだけ言い残して彼は去った、とか。なんかめんどくさい職場だなあ。
そんなこんなの裏側の話が書かれた本。ディズニー好きなら、読んだ方がいいのか、読まないほうがいいのか、一瞬考えたほうがいいのかもしれないが、どうでもいい私は、ちょっと珍しい仕事を知るという意味では多少は楽しめた、という本であった。