ボーヴォワール 老い NHK100分de名著

ボーヴォワール 老い NHK100分de名著

2021年11月23日

102 上野千鶴子 NHK出版

Eテレの「100分de名著」はなかなか面白い。全部見ているわけではないが、テーマによっては真剣に見る。7月には上野千鶴子さんが老いについてボーヴォワールを取り上げるというので、見た。非常に興味深い番組であった。

最初は聞くとはなしに聞き流していた夫が、だんだん興味を持ち出して、最後は一緒に見ていた。「これ、テキストとかないの?」と聞くので買ってきた。テキストまで買うのは珍しいのだが。夫が先に読んで面白がっていたので、ずいぶん経ってたら読んでみたら、なかなか読みごたえがあった。ボーヴォワールの原著「老い」は重すぎて読めそうにないが、このテキストを読むだけでも随分と勉強になるものだった。

ボーヴォワールが老いを追及したのは、自分が老いたからだ。上野千鶴子が老いを語るのも、自分が老いたからだ。そして、私たち夫婦がその番組を熱心に見るのも、我々が老いたからだ。老いは、誰にでも訪れる。老親の介護を通じて、私は、これから自分がどうなっていくのかをありありと見せられる。それを避けることはできないと思い知らされる。だからこそ、老いについて考えたくなる。考えるしかなくなるのだ。

老いは不意打ちである。ある日、当然思い知らされる。私にも覚えがある。目がかすんだり、夜の光がぎらぎらするようになり、細かい字が読めないことに気づく。心は以前のままなのに、体は、老いている。だから、心が追い付かない。

高齢者は自己否定に陥る。なぜなら、若いころの自分を覚えているから。世間にはいろいろな差別があるが、自己否定ほどきつい差別はない、と上野氏は言う。それから彼女は、強者が弱者になっていく過程が衰えの過程だとすると、落差は小さいほうが受け入れやすい、そういう意味で、女性のほうが老いを受け入れやすいかもしれない、と指摘する。確かにそうかもしれない。

私たちはどうすれば豊かな老いを生きることができるのか。それは個人が引き受けるべき問題ではなく、文明が引き受けるべき課題だとボーヴォワールは考えた。自分だけが老いるまいとアンチエイジングに励んだり、認知症予防の問題集に取り組むのではなく、老いを文明史的課題としてとらえること。

上野氏は、役に立たない老人を非難する存在に対し、ゆっくりと、こう言うのだそうだ。

「役に立たなきゃ生きてちゃいかんか!」

ボーヴォワールは、「私は、その中に私の人生が組み込まれているこの人類の冒険が無限につづくことを必要とする。私は若い人びとが好きだ。私は彼らの中にわれわれの種[人類]が継続すること、そして人類がよりよい時代をもつことを望む。この希望がなければ、私がそれに向かって進んでいる老いは、私にはまったく耐え難いものと思われるだろう。」と言っている。

老人は、老いという新しい冒険に乗り出している。それは。認知症になるということも含めて、である。だから、生きていていい、と上野氏は断言している。私たちは役に立たないと絶望することなく、老いを老いとして引き受ければいいのだ、と。

そのために、社会がどのようにあればいいのかを、私たちは、これからの老いを通して考え、探しながら生きていけばいいのかもしれない。ボーヴォワールの著作は、そのための羅針盤のようなものになるかもしれない。

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サワキ

読書と旅とお笑いが好き。読んだ本の感想や紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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