71 角田光代 文春文庫
因島と鞆の浦に行ってきた。因島のヴォーリズ建築がペンションになっていると知って行きたくなったのだ。ついでに、ヤマザキマリが日本に来るとつい行ってしまうという話を聞いたので、鞆の浦にも足を延ばした。どちらもよい場所であった。瀬戸内は本当に良いところだ。天国というのはこんな感じなんだろうと思ってしまう。海と島と緑が美しく、魚や柑橘がおいしい。こんな場所を故郷に持っている人がうらやましい。
旅のお供の本の選択は難しい。移動の車中は読書に最適で、普段は読めないような集中力を要する本でも意外に読めてしまう。だが、途中で読み通すのが無理だと悟った瞬間、それはただ重いだけの荷物と化す。できるだけ軽くてかさばらず、多少読みごたえがあって、できれば旅の気分を盛り上げる本。厳選したつもりだったが足りなくなって、夫の本も回してもらって何とか旅を乗り切った。やれやれ。
最初の本は角田光代。信頼の作家なので、この人の作品なら何をもっていっても大丈夫。と思ったが、割と後味の悪い小説であった。新聞の短い三面記事が表紙にあって、その事件の背景が短編小説になっている。同僚の小学校女性教諭を殺害して26年目に自首した男、夫の不倫相手の殺害を闇サイトに依頼した妻、16歳の少年を家に引き込んでみだらな行為を繰り返した38歳の女性、担任の教師の給食に薬物を混ぜ込んだ女子中学生、介護疲れで母親を殺害した中年男‥‥。後味が悪いのは、自分の中の暗い部分を覗かれ、かき混ぜられるような感覚があるからで、さすが角田光代、と思う。褒めてるってば(笑)。
とんでもない犯罪に見えても、背景にはそこに至る致し方ない道筋があったわけで、それは、もしかしたら私だったかもしれない、という想像に行きつくものでもある。夫婦のすれ違い、兄弟姉妹の扱いの違い、思っていたのとは違う方向に進んでしまう人生。誰だって知っているような分かれ道で何となく選んでしまった方が、こんな場所に通じていたのか、と最後には呆然としてしまう。その人生の肌触りが、なんともリアルに描かれている。
旅の初めに元気を出す本ではなかったが、やっぱすごいぜ、角田さん、と新幹線の中でため息をついた私であった。
