129 青木海青子 晶文社
作者の青木海青子氏は、奈良県の山奥の古民家に解説された私設図書館「ルチャ・リブロ」の司書である。
私も夫もディープな本読みで、転勤族のくせに大量の本を抱えて、引っ越しの度に引っ越し業者にため息をつかれた。本って重いのよね。十数台もあるぎっしり詰まった本棚に入りきれない本の山もあり、我が家を知る人には「図書館か古書店をすればいいのに」とよく言われた。それは夢のような話ではあったが、実現する手間も場所もなかった。結局、夫の退職直前に、本の雑誌社のスッキリ隊にご出動願って、蔵書を半分以上処分した。それでもまた本は増え続け、しかしながら貸し棚のあるKMGWBOOKSという書店を見つけ、棚を一つ借りて小さな古本屋を営むことと相成った。ごく小規模ではあるが、夢が叶ったというわけだ。
そんな我が家にとって、私設図書館とは夢のような場所である。山奥の古民家と聞いて、やはりそのようなロケーションでないとなかなか難しいよなあ、でも人は来るんだろうか、と気になったが、この本を読むと、ちゃんと本を必要とする人たちが集っているようでほっとする。しかも、読書会を開いたり、新たに本を持ってきてくれたり、良い交流が生まれているようでうれしくなる。
人と接するのが苦手で、本という「窓」を持つことで外界と接してきたという作者が、自分の本棚を開放して作った図書館。精神疾患を抱え自らも支えられる立場にある作者は、司書という役割を通じて、人を支える立場にもなりえる。
本書内では、私も読んで感動したことがあったり、よし、これは読んでみたいぞと思うようなたくさんの本が紹介されている。その中でも印象深かったのは一つには鈴木大介さんの「脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出」である。私はこの本は読んでいないのだが、彼のほかの著作を二冊ほど読んでいて、自分自身の内面に分け入っていくきっかけをもらった覚えがある。青木氏はこの本の中の以下の部分を引用している。(中略は私の文責です。)
多くの当事者を取材する中でたどり着いた一つの結論が、「一番困っている人たちは見えないところにいる」だ。(中略)
‥‥なんと彼らの多くはたいていの場合、「支援しなければならない人たち」のようには見えないのだ。もう、まるで見えないし、全然かわいそうにも見えない。
(鈴木大介「脳は回復する 高次機能障害からの脱出」17₋20頁)「不完全な司書」より孫引き
鈴木氏は彼らが可哀想に見えないことについて、約束事は守らないし、相手の立場に立って人の気持ちを考えないし、自分勝手で文句が多く、人を信じず裏切るし、気が短く、暴力をコミュニケーションの手段にしがちで自己管理が苦手で‥‥と列挙する。青木氏は、それを、精神障害を抱えながらうまく医療や支援につながれなかった過去の自分に重ね合わせている。
私も、周囲とうまくやっていくことが苦手な子どもで、なぜ人と同じことをやらねばならないのかわからず、集団行動が非常に苦痛だったことを覚えている。発達に凸凹があったのだろうと考えると、今はそれも理解できる。私も約束は守らないし、相手の立場に立たないし、自分勝手で文句が多く気が短い子であった。しかも、私の家庭では、それがデフォルトであった。とりわけ父はそういう人であり、彼の怒鳴り声や突発的に起きる暴力はごく当たり前に家庭に存在していた。今、振り返れば、たぶん父はASDだったのだと思う。それも結構な重度の。彼はそれと気づかず、彼なりの生きにくさを抱えていたのだろうし、何らかの支援があればもっと穏やかな家庭を築けたのかもしれない。が、ちっとも可哀想には見えないし、支援が必要そうにも見えなかったから、妻や子どもは、その嵐の中で生きていくしかなかった。振り返ると大変な子ども時代であった。
もう亡くなってしまった父を思い出すとき、苦々しいものがこみ上げもするが、同時に、彼もまた支援が必要な人だったのだろうという思いもよぎる。そう思うことで、私の心の中も若干の整理がつくような気がする。‥‥というようなことを、本書を読みながら私は考えていた。
もう一冊、印象に残ったのは、少し前に映画を見て原作も読んだ「急に具合が悪くなる」である。この本に言及する前に青木氏は「声を出す人」の話をしている。閉鎖病棟に入院するに際し、「声を出す人がいるからびっくりするかも」と言われたそうだ。幻聴があったり、不安にさいなまれたりしたら声も出てしまうだろう、出したっていいではないか、と彼女は思った。自分は「声を出さない人」で、「声を出す人」ではないという境界が作られる。同じように、事件事故の当事者になってしまった人や、外国人労働者として日本にやってきた人、マイノリティとして社会の中で苦しい立場にいる人はあちら側の人で、自分はこちら側だと考える人が多い。「でも、彼らは私だと感じます。」と彼女は書いていて、ああ、これは「急に具合が悪くなる」と同じことを言ってるような気がする…と私は思った。そうしたら、そのあとにこの本が登場したので、びっくりしたが、とても腑に落ちた。
そのほかにも「やっぱりおおかみ」が取り上げられていて、私は嬉しかった。小学校で読み聞かせ活動をしている時に、この絵本がきっと好きになる子がいるだろうと考えたのを思い出した。そういう子は、実は読み聞かせの場所に来るのがあんまり好きじゃないかもしれない。どうやったらそんな子にこの本を手渡せるだろう、なんて考えていたのだ。私も「け」と言いたい子だったのだ。もしかしたら、この絵本にちょっと救われたかもしれない。
ルチャ・リブロでは、本に付箋をつけたまま書棚に置いているという。なんでこの部分に付箋がついているのかわかる、とか、どうしてここにはついていないの、とか、そんな話ができるのだという。いいなあ。私も時々、本に付箋をつける。が、たいていは公立図書館の本なので、返すときには全部外してしまう。付箋をつけっぱなしの本があって、それを読んだ人が側にいたらどんなに楽しいだろう、とわくわくしてしまう。
良い本であった。いろんなことを考えた。図書館ってすごい。私は、たぶん図書館に、生きることを支えられてきた。
