112 松本俊彦 河出書房新社
何となく既視感があると思ったら、この作者は「誰がために医者はいる」の人であった。あれはいい本であった。その内容を、14歳向けに書き直したものが本書であろう。
エナジードリンクなどのカフェイン、咳止め薬、大麻や覚せい剤などの薬剤、煙草にアルコールなどの嗜好品、スマホにゲームにSNS、過食、拒食、リストカットに至るまで、思春期が出会うあらゆる依存症が例示されている。そして、自分がそうだったら、友達がそうだったらどうしたらいいのか?を具体的に、寄り添って丁寧に書いてある。
基本姿勢は、決して責めない、叱らない、というところにある。依存症の人は、悩みや苦しみを抱えていて、それでもどうにか生き延びようと何かにすがるように依存している。それを悪と決めつけたり排除したりするのは違う。その人の生き方を思いやるような回復への道が用意されるべきだ、という強い信念が貫かれている。
依存症の症例をいくつか挙げたのちに指摘されるのは、彼らの根っこに共通しているのはゆがんだ人間関係である、という事実である。否定される関係、支配される関係、本当のことを言えない関係。こうした関係は「自分を傷つける関係」であり、その結果、自分を大切に思う気持ちや人を信じる気持ちを失っていく。誰にも頼れないまま、もがいた結果、「人に依存できない」からこそ、何かモノに依存してしまう。思春期の子が困るのは、そういう関係性の相手の多くは親であり、そこから逃れることが非常に困難だからだ。
身につまされる話である。支配される関係も、本当のことを言えない関係も、身に覚えがある。常に否定されるわけではなかったのは幸いだったのか。まあ、どこの家も、多少なりとも親は支配的で、本当のことを言えなかったりはするわな、とも思うが。そうした中で何ができるか、についても、この本はかなり率直に書いている。信用できる大人の見分け方や、何歳まで我慢したら逃げ出せるか、など実効力のある回答がある。
親の支配から逃げ出すにはどうしたらいいかの提案がされている。ひとつは本を読むこと。時空を超えてありとあらゆる人生のサンプルに触れることで、親とは違う価値観の存在に気付ける。それから、身の回りの妙に浮いている大人に注目せよ、とも。あいつはダメだ、とか、変わり者だとされている人ほど「こんな考え方もあるんだ!」という話をしてくれるかもしれない、と書いてある。もう、これらの提案にはぶんぶんと頷いてしまう。おそらく、私はこの二つに助けられて、何かに依存せずに大人になれたのだと思う。
リストカットする子供は、自分がなぜそうするのか、それをすると、なぜすっとするのかを自分でも説明できないという。なんとなく、暇だから、という答えが最も多く、そして、どんなにやめろと叱ったところで意味がないことも指摘されている。リストカットしてもいいから、それについて記録をつけよう、と作者は提案する。何があって、どんな時にリストカットしたくなるのか、してしまうのか。細かい記録から、リストカットのトリガーになるのがどんな出来事であるのかが検証されていく。その結果、いったい何が彼を、彼女を追い詰めていたのか、が浮き彫りにされていく。
この経過には、はっとするものがある。自分の心や内面を、彼らは見ていない、あるいは言語化していない。ただ、その時の気分だけで行動して深くものを考えずにいるが、体は敏感に反応する。それがリストカットなのだ。自分が何に傷ついているのか、何が苦しいのか、が後付けで、記録から見えてくる。それはつまり、自分と向き合うことを拒否した結果でもあるのだ。見ると苦しいから。気が付くと辛いから。
最近、娘が愚痴だらけの電話をよこすことが多かった。やる気が出ないとか、うまくいかないとか、とりとめのない内容であったが、ある時からピタッとその電話が止まった。後で聞くと、それまで、いつも人の悪口を言っていた先輩が、ある日いなくなったのだという。つまり、彼女にとっての一番のストレスは、実は人の悪口を聞かされることであった。が、本人はそれと気づかず、物事がうまく進まないことや、やる気が出ない自分にただただ腹を立てていたのである。「人の悪口を聞かされるのがあんなにストレスだとは気が付かなかったよ。いなくなったらものすごく楽になって、はじめてわかったんだ」と彼女は言った。なるほど、人は、本当のストレスの根源に気が付かないこともあるものなのだ。そして、うまくいかない自分に対してばかりいら立ってしまう。
物事の本質を見極める、何が原因かを深く追及したり考えたりする、ということの大切さを改めて思う。私は何が嫌なのか。なぜ、こんなにつらいと思うのか。それを、深く掘り下げ、言語化することが、実は心の救済につながるのではないか。ありのままの自分の姿を、思いをちゃんと見つめて、それを言葉にして確認する。ただそれだけのことが、実はとてもとても大切なのだと思う。
この本は、依存症のことについて書いてあるけれど、実は人生のとても大切な普遍的なことを書いているのだと私は思う。思春期の子供たちがこの本を読めばいいな。きっと、それは大きな力になると思う。