中野のお父さんと五つの謎

中野のお父さんと五つの謎

2024年12月24日

147 北村薫 文芸春秋

遠方に住む高齢の母が圧迫骨折で倒れて入院した先は救急指定病院であった。年内に手術を行うはずが、痛みがひどくて検査が延期になり、年末年始が手薄なため、手術は年を超えることとなった。すると、出て行けという。救急指定病院の病室は、命に危険のある人をすぐに受け入れるために空けておかねばならない。痛みがあろうと、高齢の一人暮らしであろうと、みんないったん退院して手術直前に再入院している。お宅だけ特別扱いはできない。それが理解できないなら、治療続行は不可能である。受け入れ先がなければ家族で何とかしてほしい。と主治医に頭ごなしに言われた。ソーシャルワーカーに頑張ってもらって、受け入れ先が見つかった。見つかった翌朝には移動させられ、そこで一月の第二週までを過ごす。インフルエンザなどの感染症が蔓延しているため、面会は一切謝絶である。91歳の母は耳が遠くて電話は困難だが、メールのやりとりはできる。その内容が、日に日に混迷してくる。だが、私たちにできることは、何もない。

お手上げの状態で、当然、気持ちは上がらない。今は待つしかできない。とにかく自分の心と体を元気に保つことが、私にできる唯一のことである。こんな時は笑うに限る。M-1には助けられた。そして、本である。この本は、ほんのり心を温めてくれる。「中野のお父さん」はシリーズものである。調べたら、2019年に二冊ほど読んでいたが、その後を読み落としているようだ。今回の本は夫が図書館で借りたものを回してもらったのだが、かつてはかわいい新人編集者だった主人公の女性が、今やベテランの域に達していた。まあ、そうだよなあ。私も歳を取ったしなあ(笑)。

中野のお父さんは古書マニアで文学史に教養が深い。その娘である主人公は、様々な作家、文学者に投げかけられた謎を解こうと頑張り、最後には中野のお父さんに助けられる。この中野のお父さん、北村薫氏ご本人じゃないかしらん。ストレートに謎に答えて楽しそうだ。

「アイラブユー」を「月がきれいですね」と夏目漱石が翻訳した、というのは実はガセだそうだ。なんでそんなことが言われるようになり、広まったのか、という謎が最初に取り上げられる。それから、松本清張や芥川龍之介、池波正太郎、久保田万太郎などの謎が繰り広げられる。三遊亭圓生や京須偕充、古今亭志ん朝なんて人々も登場する。

文学史は面白い。文学そのものも面白いが、様々な文学者同士のやり取りやエピソードも面白い。すごい作品を生み出した人が意外な人間味に溢れていたり、ごく最近の身近な人に繋がっていたりもする。人はみな、それぞれに自分らしく生きていたのだなあとしみじみ思ってしまった。