作家と猫

作家と猫

2021年8月30日

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いつものように本を予約しようと県立図書館のHPを開いたら「来週から当分の間休館」と書いてあった。がーん!それはたいへんだ、と市立図書館のHPを見たら、いつもどおり平穏な場所。おお、良かった、市立図書館よ、頑張っておくれ、と思っていたら。予約した本を取りに市立図書館の窓口に行くと「HPはご覧いただけましたか?」だって。ご覧になりましたよ、何もなかったはずですが。じゃないのよ。なんと、私が見たあとに、休館のお知らせがアップされたらしい。来週から休館、って、じゃあ、あなた、私はそれからどうやってこの自粛の時間を自宅で過ごせばいいっていうの。本、足りなくなっちゃうじゃないの。とほほ。

というわけで、大事に大事に本を読んでいる。いつもより熱心に任天堂Switchなんぞにかまけたりして、読書時間を減らしている。だが、読んじゃうんだなあ。「作家と猫」。読み終えちゃった。

猫にまつわる作家のエッセイのアンソロジーである。佐野洋子、串田孫一、日高敏隆、手塚治虫、室生犀星、まど・みちお、和田誠、岩合光昭、出久根達郎、向田邦子・・・・もう手当りしだいである。共通点はたった一つ、猫が好き。

私は猫を飼ったことがないし、猫を愛でたこともない。でもネコ好きたちが恐ろしいほど猫に心を奪われ、生活を奪われ、人生を捧げていることは知っている。猫ってそんなに魅力的?

和田誠のエッセイ。自宅に赤塚不二夫がもってきた子猫を飼うことにする。名前は桃代。妻のレミさんがひと目見てそう決める。あまりにも桃代すぎてモモヨのシンコさんって呼んでもいいほどだ、ってどういう意味?でも、桃代は和田家に赤ん坊が生まれて、レミさんの実家に引き取られる。すると、お父さんの平野威馬雄さんが猫アレルギーになっちゃって、仕方ないので田村セツコさんちにさらに引き取られる。さて、和田夫妻はある夜、渋谷を歩いているとレミさんが「この辺にせっちゃんの家があって、そこには桃代がいる」と言い出す。田村セツコの家の場所も住所も知らないのに、レミさんは「ももよー、ももよー」と大声で呼ばわるのである。すると、にゃーんと声がして、桃代が表れる。ついてこいと言わんばかりに歩き出す。ついていくと、家があって、表札には「田村セツコ」。留守であった。

なんかこの話、知ってる、と思った。遠い昔、好きで聞いていた「ナッチャコパック」というラジオ番組で白石冬美さんが話したような。白石冬美さんちの猫も、桃代の仲間じゃなかったっけ。ケムリという名前の猫がいたはず・・・。なんて、遠い記憶が蘇った。白飯冬美さん、通称チャコちゃんも亡くなってしまったけれど。いきなり遠い高校時代に自分が引き戻されたみたいな気がした。驚いた。