63 楊双子 (三浦裕子 訳) 中央公論社
昨秋、台湾を旅行した。とても良い旅であった。美味しいものをたくさん食べ、良い景色を楽しみ、楽しい思い出を作った。またいつか台湾に行ってみたい、きっと行こうと思っている。
この本は、戦前、台湾が日本の植民地だった時代、日本の女流作家、青山千鶴子が台湾を一年ほど旅をした物語である。彼女の通訳を務めた王千鶴との関りが大きなテーマとなっている。それと共に、大変な大食いである彼女たちが食べたたくさんのおいしい食べ物の話も重要な部分を占めている。
文体はとても軽く、読みやすく、これは本当に翻訳文学なのか?と疑うほどであった。そもそも物語のつくりが、日本の女流作家が語っているという体裁なので、実は日本人が書いたのではないかと思えてならない。二重三重に作り込まれた構成に、どこまでが本当でどこまでが創りものなのか、時々分からなくなるほどであった。
台湾の対日感情はすこぶる良い。だが、だからと言っていい気になって誤解してはいけない。とこの本を読んでも改めて思う。支配する側と支配される側であったこと、そこに生じた不平等、不当な出来事を、私たちは反省を込めて振り返らなければならない。青山千鶴子と王千鶴の関係もまた、日本人、青山のそれと気づかぬ傲慢な精神によって微妙なものとなり、時に傷つけあうものともなる。対等であるべき人間関係が、国と国との関係性によって歪められることがある。そのことに、私たちは鈍感であってはならない。
…という学びと共に、また、この本は素晴らしい美食物語でもある。彼女たちが次々に出会う食事やおやつや麺や果物、飲み物に至るまで、あらゆる美味しいものが読み手をうっとりとさせ、お腹を空かせ、そして、ああ、台湾でもっと美味しいものを食べたいと思わせてくれる。
青山千鶴子のモデルの一人は林芙美子であるという。林芙美子は旅する作家であった。読みながら私も林芙美子を思い出していたので、あとがきを読んで「当たった!やっぱり林芙美子だ!」と笑ってしまった。