名著の予知能力

名著の予知能力

135 秋満吉彦 幻冬舎新書

「100分de名著」という番組がある。いつも見ているわけではない。たまに気になるテーマを取り上げる時、例えば「ボーヴォワール 老い」「中井久夫スペシャル」、あるいはスピンオフ番組の「100分deフェミニズム」などを見たことがある。非常に示唆に富んだ、興味深い番組なのだが、まったく知らない名著を取り上げているときなど、敷居が高いと感じてなかなか見ない。見てしまえばどんな作品もわかりやすく丁寧にかみ砕いてくれるのだが、ついついお気軽なバラエティ番組に走ってしまう私ではある。

これは、その「100分de名著」のプロデューサーが番組の企画制作の裏側を明らかにした本である。なるほど、考えてみれば、いったい毎回どんな本を取り上げ、誰に解説してもらうかによって内容は全く変わるわけなのに、視聴者としてはそんなことは全く考えたことがなかった。司会の女性アナウンサーと、名著を読んだことがない普通の人代表としての伊集院光が、実に上手に番組を進めているなーくらいの感覚で見ていた。でも、振り返ってみると、取り上げた名著のラインナップはなかなか秀逸である。子どもの頃に読んだきりの本、聞いたことも無いような作家、誰もが知っていそうな作家、思想家。それはもう多岐に及んでいて、新しい目が見開かれるような解説が行われる。

話は飛ぶけれど、「アメトーク」という番組では「○○芸人」という企画があって、そこでは芸人が自分の好きなものやことについて熱く語っている。例えばサッカーやミュージシャンなど、私が全く興味がなく知らないテーマであっても、とても面白く見ることができる回がたまにある。それはなぜかというと、語る本人が、どれだけそのテーマについて熱量を持っているか、それを好きであるか、が伝わってくるからだ。本当はあんまり好きじゃなかったけど、この分野はほかに誰も手を出していないからお勉強しました的な芸人が語る言葉には力がない。だが、本当に好きなこと、それについて語りだしたら何時間でも止まらないくらいそのことをずっと愛し続けてきた人が語る話は、たとえ下手くそでも、話が整理されていなくても、情熱が間違いなく伝わってくる。好きだという気持ちが画面の向こうから駄々洩れてくるのだ。

「100分de名著」も同じであって、その名著に出会ったことがきっかけでその分野の研究者になったとか、作家になったという人が解説しているので、とても生き生きと話が展開していく。そして、それに触発されるように、名著なんて全然読んでいなかったはずの伊集院光が、とんでもないすごい意見や質問を発していくのである。伊集院は、専門家があまりにも当たり前すぎて通り過ぎてしまうような小さな部分について、もしかしてとてもくだらないのではないかと思われるような質問であっても臆せずに投げかける。すると、それに一生を捧げているような専門家が本気で向き合っていくらでもこたえてくれる。それはとても楽しく贅沢な経験である。

この本の作者は、世界中にある歴史的な名著の中から何をどのように取り上げていくかを決定する仕事をしている人なのだから、それはもう深い教養と読書量を持っている。なので、この本を読んでいるとあまりの多岐にわたる名著の数々に対する思いや引用などに、時に圧倒され、読み続けるのが重いと感じる部分もある。だが、それを超えてなお、読み通すことで得るところの非常に多い本でもある。

「誠実さこそが唯一の武器」「戦争への最大の抑止力は教養」など各章のタイトルとなった言葉が心に残っている。自分たちの利益だけを大事にし、少数派を踏みにじり、人権を無視したがる社会の中で、私たちが諦めずにより良い人生を模索するための大事な鍵となる言葉である。