君が手にするはずだった黄金について

君が手にするはずだった黄金について

2025年1月25日

14 小川哲 新潮社

どうしてこの本を読もうと思ったのか忘れてしまった頃に、図書館から届いた本。何しろ今は頭がぼーっとしているので、例えば面白そうなドラマを見てもあんまり面白いと思えなかったり、お気楽な漫画を読んでも全然頭に入ってこなかったりする。自分ではそんなことに左右されないと思っているのに、高齢の母が敗血症で先行きが危ぶまれて、いつ緊急連絡が入るかわからないという状態は、意外なほど精神を混乱させるらしい。本当は今頃、アルハンブラ宮殿に行ってたよなあ、みたいなこともちょっと思ってるし。(旅行予定をキャンセルしたのでね。)

初めましての作者だが、どうやら直木賞受賞者らしい。文章は読みやすいのだが、この人、頭でっかちだなとすぐにわかる。理屈で物事をとらえるし、それをずーっと考えると他のことが出来なくなってくる感じにすごく共感してしまう。そして、似たような思考方法を取る人には、手に取るようにその感覚が伝わって、だからこそ面白くも興味深くも感じられるだろうと思う。ぼーっとしているはずの私もだんだん引き込まれて、最後は作者の隣に座ってるみたいな気持ちになる。

多くの道徳的な規則は「黄金律」に基づいている。すなわち「自分がしてほしいことを他人にしましょう。」である。裏返すと「自分がしてほしくないことは他人にしないようにしましょう。」であり、これは銀色律などと呼ばれているという。ただし、これらには大きな罠がある。人によって「してほしいこと」「してほしくないこと」は違っているということだ。というところから始まる表題にもなった短編はたいそう面白かった。ある人物の嘘で固めた人生が描かれるのだが、そうやって嘘で固めていってしまう流れも、実はどこかで理解できる自分がいる。だが、絶対にそれをしない自分のことも知っている。そして、それゆえに、このストーリーは結構怖くもあるし、逆にちょっと笑えさえもするのだ。

人間ってめんどくさいよなあ、と思う。そのめんどくささをこんな風に掘り下げて書くと、案外人の心をつかむものだなあ、とも思う。そう思うのは、私がめんどくさい人間だからかもしれない。