55 平山亜佐子 平凡社
本荘幽蘭の名を知ったのは「折口信夫の青春」からだったと思う。そこからがぜん興味がわいて資料を探したあげく、見つけたのが「女のくせに 草分けの女性新聞記者たち」であった。が、それにも本荘幽蘭についてはほんの数行しか書かれていなかった。「どなたか、本荘幽蘭について詳しい方はいらっしゃいませんか?」と本ブログの感想の最後に書き加えたのを覚えている。それから数年。ついにこの本が出た。本荘幽蘭に魅せられた筆者が資料を探しまくって、わかる限りの彼女の生涯を明らかにしたのである。
本荘幽蘭は、女優であるばかりか、七社の新聞記者、救世軍兵士、保険外交員、喫茶店オーナー、ホテルオーナー、辻占いの豆売り、在日欧米人の日本語教師、外妾、活動弁士、講談師、浪花節語り、劇団座長、尼僧など数十の職業に就き、生涯五十人近くの夫を持ち、百二十人以上の男性と関係し、「錦蘭帳」と称する手帖には関係した男性や今後関係したい男性の名前を列記していたという。当時の「お騒がせ烈女」とでもいえばいいだろうか。
幅広い人脈には、国家主義者の頭山満、官僚の倉富勇三郎、社会主義者の福田狂二、民俗学者の折口信夫、大本教教祖の出口王仁三郎、代議士の松本君平、俳優の曾我廼家五九郎、新宿中村屋の相馬黒光などなどがおり、活動の場も日本中あらゆる場所に加えて中国大陸、台湾、朝鮮半島、東南アジアと幅広い。
本書は、こんな女性がいたというそれだけの本ではある。
その女性は、縦横無尽に移動を繰り返し、有名無名の人とつながり、複数の宗教を渡り歩き、数多の職業に就いた。その意味では幽蘭を追うことで明治・大正・昭和のひとつの見取り図、裏面史が見えてはくるが、肝心の幽蘭本人はといえば、実は何も成していない。何の功績もないのである。こんな人は教科書に載らないし、大河ドラマの主人公にも選ばれない。国家や社会に、あるいは科学や文明の発展になんら寄与していないからだ。では、何も成していない人の人生は見るに値しないのであろうか。いや、そんなはずはない。何も成していない人の評伝があってもいいではないか。人生とは、何かを成すことで完成するものではなく、一瞬一瞬の積み重ねがすべてである。それをいまあらためて教えてくれるのが本荘幽蘭であり、何かを成し得た人間ばかりを追いかける現代に、彼女が提起してくれる問題だと筆者は捉えている。
(引用は「問題の女 本荘幽蘭」より)
確かに本荘幽蘭は偉人でも何でもないし、最後にどこでどう亡くなったのかもついに明らかではない。ただのお騒がせの変な女性といえばそれまでである。だが、一人の人間がこんな風に生きた、ということがなぜか私の心をとらえて離さない。不思議な魅力のある人物であった。そばにいたら大変だっただろうとは思うが、よくぞ生き切った、あっぱれ、といいたくもなる人であったと思う。