80 そえだ信 早川書房
目が覚めたら巨大な虫になっていた‥のはカフカ「変身」だが、この本では、事故に遭った警察官が、はっと目覚めたら、なんとロボット掃除機になっていた。
何かに触ったような感覚は全くなく、試しに動いてみようとする意志に続いて、何処から生じているか分からない『移動している』と伝える妙な信号というか何と言うか。そして、どうも何かとの衝突を前もって報せるらしい『ざわ』というような反応。(中略)
もう一度改めて、移動を念じてみた。
確かにまた、動いたという感覚が伝わってくる。すぐに『ざわ』という反応とともに、停止。そして改めて最低速度の移動で、こつんと何かに突き当たり、また停止。(引用は「地べたを旅立つ」より)
これが、目覚めて最初の感覚である。よくぞここから自分がお掃除ロボットになったと気が付いたな、と感心する。感心するってか、あるか!そんなこと!でも、この物語は強引に、主人公がお掃除ロボットになるのである。なって、推理をし、冒険し、何人もの人を、そして大事な身内を助けるのだ。無理な設定なのに、ちゃんと読ませちゃう。最後まで面白がって読めてしまう。このけん引力は大したものだ。
今は亡き北上次郎が大絶賛していたというこのミステリ。第十回アガサ・クリスティ賞を受賞している。巻末には審査員の選評が載っている。ミステリマガジンの編集長は「人格が無機物に転移するというのは、SFとしても記憶にない設定で、正直なところミステリとしてこの作品をどう評価すべきかに悩んだ。」と書いている。「だが、小説として文句なく面白く、興奮して読んだことは確かなので、大賞受賞に何の異論もない。」ですって。
そうなんだよね。絶対無理な設定で、なんだこりゃ、と思うのに、ぐいぐい最後まで読ませちゃう。うちのルンバちゃんも実は何か考えてたり、行動したりしてるのかしらね、なんて思ってしまった。