48 中島京子 文芸春秋
亡き母の遺産相続手続きで奔走したり、ノロに倒れて寝込んだり、いやあ、いろいろありまして。本も読めずにぼーっとしておりました。リハビリ用にこの本は最適だったかも。楽しかった。
大学入学のため、北陸のまちから上京してきた真智は、祖母の親友だったという元ヒッピーの志桜里さんの家に下宿することになった。場所は文京区小日向。大学のすぐ近くだというから「O女子大学」と書いてあるけど、これはお茶の水女子大だなとわかる。なぜ志桜里さんのもとに下宿せねばならないかには実は深いわけがある。そんな志桜里さんは住居地である小日向好き、そして坂好きである。そして坂に関わる様々な文学的うんちくが物語の中でいくつも語られる。これがブラタモリみたいに興味深く面白い。
その昔、「妻が椎茸だったころ」なんて小説を書いたくらいだから、作者の中島京子は結構ぶっ飛んでいる。物語の中に夢か現か計り知れないような出来事がたまに起きたりする。でも、まんま受け止められる程度に自然なのがまたよろしい。
若者らしい恋もある、良き友とのかかわりもある、文学との出会いもあり、少し複雑な人間関係もある。途中にはコロナ禍も。マスクのおかげで思いがけないキスを避けることができて、まあ、それは良かったかも(笑)。そして、以下の段落が極めて自然に挿入される。そうだったなあ、と苦笑いしてしまうほどに。
わたしの台湾行きもとうぜんキャンセルになった。外国人の渡航は拒否されて、上陸不可能になったのだ。それでも日本の行政はどこか的外れで、インバウンド需要がなくなるので国産牛の購入を促進するため「お肉券」を配るという、奇妙奇天烈な政策が提案された。四月に入るとなぜだか一世帯に二枚ずつ、国から布マスクが支給されるという発表があった。四月一日だったから、多くの人がエイプリル・フールかと思ったけれど、ほんとうにそれが日本のコロナ対策と知って、わたしもさすがにうろたえた。
(引用は「坂の中のまち」中島京子より)
文学うんちくには江戸川乱歩や夏目漱石や田山花袋や遠藤周作などが登場した。遠藤周作のあたりを読みながら、ああ、あなたの息子、今たいへんなことになってるのよ、と言ってあげたくなりもした。
若々しい小説であった。