57 ダヴィッド・ディオップ 早川書房
「うけいれるには」同様、県立図書館の高校生読書活動推進リーダー「読書コンシェルジュ」によるおすすめ本の一冊。「これを高校生がどこまでわかって勧めたのかなあ」と言ったら「それはずいぶん傲慢な考えだ。高校生のほうが鋭い感受性を持っているのかもしれないよ。」と夫に言われてしまった。まあ、そうなんだけれど。
作者はセネガル系フランス人。以前、ザンジバル出身のイギリス在住作家が英語で書いた「楽園」が面白かったので、そのノリで選んだのだが、テイストはかなり違った。第一次世界大戦中、人口でドイツに劣るフランスは植民地の住民を兵士として積極的に動員した。西アフリカからの動員数は約十七万一千人、うち三万人以上が死亡している。この物語はそんなセネガル歩兵の一人が主人公である。
二十歳のアルファは、戦場で負傷に苦しむ同郷の親友に、苦痛から逃れたいのでひと思いに殺してくれと頼まれるが聞き入れなかった。苦しみの果てに死んだ親友への後悔から彼は敵を捕まえては腹を裂き、必要以上に苦しまないように喉を掻き切って殺し、その手を切り落として塹壕に持ち帰るようになる。その手が七本目になったとき、彼は文明化された戦争に対して野蛮の度合いが過ぎるとして銃後の療養施設に送られる。
後半部分では、アルファのセネガル時代の思い出と療養所での生活が語られる。セネガルの母や愛した女性の思い出に浸りながら療養のため絵を描き、それを助ける医師の娘に心を奪われていく。そして唐突な終わりが来る。
「知っている、わかっている、あれはしてはいけないことだった。」「神の真理にかけて」「誓っていうが」などなど、文章の始まりには様々な枕詞が繰り返し付け加えられている。それによってアフリカ的な思考の在り方を示すと同時に、主人公がどこかで狂気に取りつかれて行く様相があらわされている。一定のリズムと雰囲気を作り出しているのだが、同時にとても重苦しい文体でもある。後半では日本の「三枚のおふだ」のような伝説めいた物語も挿入される。前半は血みどろのおどろおどろしい描写が続くし、本当に読むのがつらいのだが、途中でやめることができないだけの力があるので困ってしまった。これはなかなかハードな読書である。だから、高校生がなぜ?とも思ったのだが。若い感性は、むしろリアルな情景を思い浮かべずに読めたりするのだろうか。
フランスが植民地の住民を戦場に駆り出し、多数を死亡させたという史実を私は知らなかった。考えてみれば植民地支配とはそういうものでもあるのだが、そして日本でも似たようなことをやっていて、その事実を隠蔽しようとする動きもあることは知っているのだが。戦争は、誰も勝利しない、と改めて思う。勝った側も、結局のところは敗北するのだ。憎んでもいない人間を多数殺し、自分たちも多数を殺され、理由もなく憎しみが増大し、人間としての尊厳を失う。この物語の前半部分を読んだだけで、戦争のおぞましさ、恐ろしさが身に染みる。戦争、植民地支配、人種差別、レイプ、暴力支配・・・。様々な問題を目の前に突き付けられる物語であった。そうか、高校生、これを勧めるのか。確かに受け止めよう。かなりつらく苦しかったけどね、読んだよ、最後まで。