夜と霧

夜と霧

89 ヴィクトール・E・フランクル みすず書房

前回、東北旅行で「アンネの日記」を読んだように、旅先でなければじっくり読み切れないような重い本を一冊は持っていこうと思っていた。選んだのが、これ。有名な本だが、通読したことはなく、新訳が出ているというのでそれを読もうと思った。覚悟を決めて読みだしたのだが、読みにくいということはなく、一気に読めた。描かれていることはとてつもなくつらく苦しいことではあるのだが、筆者が冷静で前向きな姿勢を貫いているために、読み手が暗闇に落とされることはなかった。それ自体が、すごいことだと思った。

作者のヴィクトール・E・フランクルは、ウィーン大学でアドラーとフロイトに学んだ精神医学者である。ユダヤ人である彼と家族は、ナチスのオーストリア併合によって他のユダヤ人とともに逮捕され、アウシュビッツなどの強制収容所に送られた。彼の両親と妻はガス室に送られ、あるいは餓死した。彼だけが、この本に記録された凄惨な経験を経て戦後まで生き延びることができた。

この本は、内側から見た強制収容所の記録である。被収容者は、収容所に到着すると同時に持ち物や身分を証明するものすべてを取り上げられ、識別番号を与えられた。それ以降、監視兵や看守は彼を番号だけで認識した。名前も、職業も、ほぼ意味をなさなかった。すべてを失い、明日どうなるかもわからない状態で人間に残されたものの話を、彼は書いている。

極限状態で、すべてを失った人間にも、心は残される。飢えと寒さと労働の疲労に打ちのめされながらも、彼は、毎日のわずかな時間、心の中で妻と対話する。その妻は、もう生きているのか死んでいるのかすら定かではないのだが、それでも心の中で妻のほほえみは彼を励まし、太陽よりも彼を明るく照らす。

歌や詩、ギャグ、そして拍手喝采、ユーモア。そうしたものが、魂の武器だった。一番人が多く死ぬのは、クリスマスから正月の間。つまり、クリスマス休暇までにはここを出られるかもしれない、という希望が断たれてからの数日間である。飢えや寒さや疲労ではなく、実は希望を失う事こそが、人から命を奪う。

被収容者を殴り、嘲り、寒さをしのぐための焚火を目の前でひっくり返して笑い、病人を放り出す監視兵や看守、そして彼らに取り入ることで仲間を売るカポーと呼ばれる被収容者がいた。

なぜ血の通った人間がほかの人間に、このようなことができたのか、という問いがこの本でも、短くではあるが、検証されている。

だが、いま、ガザでおこなわれていることを、私は思い出さずにはいられない。あれは、パレスチナ人に対する虐待であり、虐殺である。ナチスドイツによってここまでひどい目にあわされたユダヤ人たちが、今、ああやって無辜の民を踏みにじっているのは、彼らがサディストだからなのか?下位から選別された政治家たちが実権を握っているからなのか?そう考えることに、意味はあるのか?

苦痛の中で生きる意味について考え続け、本書を後に執筆した彼の崇高な精神を理解し、覚えているならば、イスラエルの人たちは、今、自分たちが合わされたのと同じようなことを別の民族に行っていることについて無自覚でいられるはずがない、と私は思う。なぜ、こんなことになっているのだ?もしヴィクトール・E・フランクルがいま生きていたら、これを許すはずがなかろう・・・。

私自身は、自分がこのような凄惨な収容所にいたとして、卑怯なカポーのような立場を与えると言われた時、断固拒絶できるだろうか、人に平等に暖かい対応ができるだろうか、少しでも楽な労働で済ませたいとか、より多くの食べ物を独占したいと願わないだろうか。愛する人のことを日々思って、心を慰めることができるだろうか。

人間とは、なんという存在なのだろう。一人一人が同じ重みをもち、同じ価値をもち、互いに尊重し合い、助け合うことは、当たり前のように思えて、なんと困難なことなんだろう。踏みにじる側と、踏みにじられる側。それは、いつでも入れ替わるものであり、だからこそ、誰も踏みにじられてはいけない。ただそれだけのことが、長い歴史の中で、なぜ、実現できずにいるのだろう。