大力のワーニャ

大力のワーニャ

2024年9月11日

98 オトフリート・プロイスラー 岩波少年文庫

今年の岩波少年文庫フェアの読者プレゼントが、ケストナー作品をモチーフにしたアクリルキーホルダーであるという情報を得て、すぐさま動いた我々夫婦。近所の書店にフェア協賛店がなかったので、電車に三駅乗って岩波少年文庫を買いに行った。プレゼントは、フェア対象書籍の帯についている応募券2枚1口で応募。夫が「飛ぶ教室」と「エーミールと探偵たち」を選んだので、私は未読本をと考え、この「大力のワーニャ」と「くろて団は名探偵」をチョイス。早速、応募券を送付してから旅行に出たら、帰国時にはポストにこれが入っていたのだった。

さて、この本の作者オトフリート・プロイスラーは「大どろぼうホッツェンプロッツ」や「小さいおばけ」「小さい水の精」「小さい魔女」などの作者である。この人には子どものころからどれだけお世話になったか知れない。ついでに言うと、翻訳の大塚勇三さんにも、それはもう、ものすごく恩がある。彼の訳したリンドグレーンの本に、私は子ども時代を支えられて生きてきた。そんな二人の黄金コンビによる本。つまらないわけがない。

怠け者で何のとりえもない、兄弟で一番下のワーニャ。村はずれで出会った盲目の老人の指図に従って、パン焼きかまどの上に、七袋のひまわりの種と七枚の羊の皮をもって上がる。そして、ヒマワリの種を食べながら、口を絶対にきかず、ずーっと怠けて過ごし、力を蓄える。七年後、家の屋根を両手で上げて屋根と壁の隙間から月や星が照らすのが見えたら、皇帝の冠を目指して旅に出る。七つの地方と七つの王国の向こう、白い山々のかなたにある国へ。

これは、三年寝太郎の話だな、と思った。子どものころ、私は三年寝太郎が好きだった。私自身が寝るのが好きで、いつも眠かったし、自分に何のとりえもないことを知っていた。怠け者の子どもが、ただただ寝ているうちに体の中に力を蓄え、ある日、力を試しに旅に出る。そして、次々に敵を倒し、立派な人物として認められる。いいじゃん、夢じゃん、と思っていた。

さて、ワーニャもお約束通り旅に出る。現れるのは、ロシア民話に出てくるオッホやババヤガーなど、おなじみの化け物や妖怪だ。途中でキエフという地名も登場して、なんだか胸が痛む。いま、戦火の中にある場所が童話に登場している。ワーニャは大力を生かして行く土地行く土地の人を助け、悪者をやっつけ、最後に皇帝の娘と結婚する。それにしても、勇者と結婚する皇帝の娘は、誰よりも美しく気立てがいいことに昔から決まっているのね。ああ、こんなところにもジェンダー問題が頭をかすめる私、ではある。

昔話とはいいものだな、と思う。何の力もない、何のとりえもない人間が役に立ち、喜ばれ、良い未来を得る。ごく普通の人々の夢と願いが結集した物語だったのだろう。それをすくい取って楽しい子供向けの物語にしたプロイスラー。この本を楽しみ、勇気をもらう子どもは、まだ世界中にいると思う。