女のいない男たち

女のいない男たち

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一年ぶりくらいの村上春樹である。何度か書いたことがあるけれど、私は村上春樹の良い読者ではない。彼は自分が長編を書く体質であると述べているが、私は彼の書く雑文や短編が好きで、長編はどうも苦手である。それはひとえに私の読書力のなさと嗜好によるものに過ぎないのだが。

この本は、うれしいことに短編集である。そして、やっぱり私は彼の短編が好きだ。ここには六編の短編が収められており、どれも女を失った男の姿が描かれている。例によって変な、不思議な状況が描かれても、それは淡々と受け止められ、主人公は静かにそれをやり過ごす。

美容整形外科が主人公の短編には少し笑い、それから感じ入った。

「彼女より容貌の優れた女性や、彼女より見事な身体を持った女性や、彼女より趣味の良い女性や、彼女より頭の切れる女性とつきあったことは何度かあります。でもそんな比較はなんの意味も持ちません。なぜなら彼女は私にとって特別な存在だからです。」(「女のいない男たち」村上春樹 より引用)

という主人公の発言は、あまりにも当たり前で、あまりにも的を射たものだった。恋とはそういうものである。だが、世の中には、容貌や身体や、頭の良さや趣味の良さ、或いは経済力や地位というもので人を選ぶ場合も大いにある。ありすぎる。それを思い出して私は少し笑った。しかも、美容整形外科医。彼は、容貌などいくらでも変えられることを職業的に知っている。その設定が、なんとも皮肉でおかしく感じられた。

ところが、彼は、そこからナチスの収容所の話をするのだ。立派な医師として何不自由のない生活をしていたユダヤ人の医師がナチスに捕らえられ、家族も職業も取り上げられ、ただの人間として、ただ医学的知識があるから一応生かしておく、という立場に置かれて、自分は何者なのか、と思い悩んだ、という話を。人の生きる意味、価値。そういうものに、真裸で真正面からぶつかることに、彼は突然、直面する。人妻との浮ついた恋から、いきなりそこにつながっていくのだ。そして、自分の人生を、思い悩み始める。

人と人とは本当にすべてを分かり合えるものではない。それを受け入れた上で、誰もが真摯に生きていくしかない。静かな諦念と、自分を受け入れる力。それでも生きていく力。そんなものを、私はこの本から受け取った。