104 丸山正樹 東京創元社
「デフ・ヴォイス」の丸山正樹。あのシリーズの何森刑事の過去を描いた作品。彼がどんなふうに何を経てあのように変化、成長していったかがわかる作品である。
この作者は、いつも弱者の側に立つ人だ。それも、なかなか通常には理解されないような状況にある人をすくい上げようとしている。この本では「供述弱者」が取り上げられていた。供述弱者の心理は、わかる気がする。というのも、おそらく、私の母は「供述弱者」であった。相手に合わせて話す心理的傾向があり、真実ではなく、相手が何を求めているかを探り当ててそれを話す。「それって嘘じゃないの?」と問う私に母は「嘘じゃないのよ、ただそういえばきっと喜ぶだろうなと思って言うだけなんだから。」と真顔で答えた。そういう母に育てられた私は、「相手に会わせる」ことこそが正しいと刷り込まれつつも、それができないジレンマに苦しむ子どもであった。それはすでに乗り越えた感覚であるはずなのだが、時として不意によみがえることがある。そして、そのたびに「私は今何を感じているのか、どうしたいと願っているのか」を自分の中で確認し、問い正す作業がいまだにひそかに行われる。母の死後、その頻度はぐっと減った。そのことを、この本を読みながら思い返していた。
組織の内部にはいつも矛盾があり、ひそかな不正があり、それを正当化する力が働く。何森はそれと戦う刑事であった。ところで、そのような不正が起きるのは、警察だけではない。検察や、法廷や、国会でも似た様なことは起こる。人々を守り、幸せな社会を作り上げるための場所で、それは起きる。私たちは、それを注意深く見極め、指摘し、批判し、取り除かなければならない。あ、もうこれは本の感想を超えた話ではあるね。どうしても今、そういう方向に思考が暴走してしまうのは、社会が、政治があまりにもひどすぎるから仕方ないのだけれど。人の心、ほんとうの正しさ、一人一人を大切に思うこと、尊重すること。そんな基本的な誠実を、世の中が失ってしまっているからこそ、まじめにまっすぐ生きようとする何森刑事のような人の話が胸に迫ってしまう。
何を読んでも、そこに行きついてしまう今日この頃だなあ。
