宙わたる教室

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60 伊予原新 文芸春秋

この本が原作のドラマを見た。良いドラマであった。私の中ではそれで完結していたのだが、夫が原作本を読んでとても良かったと言うので読んでみた。ドラマ内では十分に理解しきれなかった部分が掘り下げられてさらに深く納得できた。物語のドラマ化、映画化は、どっちを先にするか迷う。たいていの場合、原作を先に読んでしまうと自分なりのイメージが出来てしまうので映像に違和感がある。映像が先だと物語を読んでも登場人物の顔が俳優に規定されてしまうのでちょっと不自由な感じもある。難しいところだ。だが、この作品は映像にあまり邪魔されずに物語として自然に読めた。ドラマの俳優陣が、どこにでもいる人のような、とても自然な演技をしていたせいなのだろうか。

定時制での科学部の活動。顧問の教師も、部員一人一人も様々な背景をもって生きている。ディスレクシア(識字障碍)ゆえに定職に着けなかった青年、母親の期待に応えかねて不登校になった少女、集団就職で上京し、高校進学の機械をもたなかった老人、レストランを営むフィリピン人女性、ハーフであるがゆえにいじめにあった少女、家庭内で暴れる兄弟をもつプログラミングの上手な少年‥‥。将来を嘱望されながら、教授との軋轢で大学をやめた教師は、どんな境遇の人間もその気になれば何かを生み出せると考えて定時制に科学部を作る。目標は学会発表。様々な困難を乗り越え、彼らは実験を重ねていく。

何かを知りたいという気持ち、作り出したいという熱意。生きる情熱はそういうものから生み出される。誰かの賞賛を受けたり羨ましがられたり豪華なものに囲まれることよりも、自分の内側にある強い気持ちや、それに支えられた行動のほうが、はるかに人を支え、輝かせる。この物語はそれを描きだしている。生きるってこういうことだよ、とつくづく思う。良い本であった。