定価のない本

定価のない本

2021年7月24日

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「定価のない本」門井慶喜 東京創元社

 

夫が借りてきた本。古書店の話だよ、というので回してもらった。
 
戦後、まだアメリカの占領軍が日本の駐留していた時代の神保町の古本屋のミステリ。書棚から崩れた本の下敷きになった古書店主の死の謎を追ううちに、とんでもないことに巻き込まれる古典専門の古本屋の話である。
 
ベトナムに旅した時、かつてベトナムの文字は漢字であったが、難解すぎて識字率が低く、フランス人宣教師独自に開発したローマ字を基本とする表記が国語として採用されたと聞いた。それにより識字率が上がったのは結構なことだったが、それによって彼らは、先祖の残した古典や歴史を読めなくなってしまったのではないか、と愕然としたものだ。
 
私達日本人は当たり前のように例えば百人一首でかるたを取る。源氏物語がどんなストーリーであるかをおぼろげながらも知っている。「春はあけぼの」と誰もが口ずさむことができる。それは、実はものすごく豊かなことだと思う。はるか昔から私達日本人が言語を使って文化を築いてきたということを、当たり前のように思っているが、それがどこかで誇りとなって私達を支えているのかもしれないと思う。本当に、そう思う。
 
この物語は、そんな、私達の古典的な文化を守ろうという意識のある古書店主の話だ。それが突拍子もない作り話だとしても、私は、なんとはなしに胸が暖かくなる。私達には古典がある、豊かな文化が残されている、ということに気が付かされる。そのことを、大事にしたい、と思うような本であった。

2020/2/4