40 林真理子 新潮社
8050問題。子が親を介護するどころか、80歳の親が50歳の子供の生活を支えている構図を指すという。もともと引きこもりは若者の問題とされていたが、当事者は徐々に高齢化してしまった。この小説は、まだ子が中年になったわけではないが、引きこもりを続けて八年経ってしまい、兄弟の結婚を機に問題が顕在化したところから物語が始まっている。
歯科医の父親、専業主婦の母親。歯科医の先行きの見通しが暗いため、長男は医者にすると決めた夫婦が中学受験をさせて進学校に入れるが、中二で不登校になり、そこから引きこもりが始まる。引きこもり本人よりは、親の側、とりわけ父親が中心にストーリーは展開する。父親は、子供の教育は母親の責任だと決めつけたり、子供の一時的な気分の問題だと考えたり、世間体や沽券を大事にするところがある。それが桐野夏生の「猿の見る夢」を思い出させた。
だが、父親はそこから出発して、なぜ息子が引きこもりになったのか、原因を探っていく。そして、一つの解決方法に向かっていくのだが、それもまた困難を極める。この小説では一つの結末に行きつくのだが、それが誰にでも可能なことだとは思わないし、またそんなに簡単なことであるとも思えない。そして、これをよい解決だとしていいのかどうかも少し考えなければならないことのようにも思える。
だとしても、この問題とがっぷり向き合ったという意味で、あっぱれな小説であると思う。私は林真理子の良い読者ではないが、ぐいぐいと読ませる力は確かなものだと思った。ここに書かれたことは他人事ではない。誰の家庭にも起こりうることであると思う。子どもの話をよく聞き、理解しようとすること、親の理想を押し付けないこと、頭ごなしに否定しないこと、分かり合おうとすることがどんなに大事かを改めて思った。
切実な現実を目の前にして動けないでいる人たちは、この小説をどう受け取ったのだろう。それが知りたい気がする。