106 沢木耕太郎 幻冬舎
最初の子どもが一歳過ぎのころ、私は沢木耕太郎の「深夜特急」に出会った。市役所の出張所の二階にある、小さな図書コーナーでそれを見つけた。車がないとどこにも行けないような小さな郊外の街で、運転免許を持たずに子どもを育てている私は、正規の図書館にすら行けなかったのだ。背の低い書棚で見つけた、何巻もある「深夜特急」は私の心の支えだった。どこにも行けなくても、一日中大人と話せなくても、ページを開けば世界のどこか遠くを旅することができた。会ったことも無い人たちと片言の英語で話し、笑い合うことだってできた。世界は広いし、私は一人ぼっちではないと思うことができた。子供が育ちあがったら、自分のためだけに使える時間とお金が出来たら、いつかきっと世界中を旅してまわろう。そんな日が、いつかきっと来る。そう思いながら、小さなわが子と毎日を過ごしていた。
沢木耕太郎の本を読むと、いつもその頃のことを思い出す。本を読むということは、その場にいながらどこか遠くに行けることだと、あの時私はつくづくわかったのだ。あれから30年。本当に、私は夫と二人で世界を旅している。そんな時間を手にできた幸せをかみしめている。
「心の窓」は、沢木氏が世界中で撮った写真に短文を添えた本である。ヨーロッパで、アジアで、アメリカで、南の島々で、出会った風景や人。もう二度と会わないかもしれないからこそ、心に残るものかもしれない。とりわけ子どもの無邪気な顔は胸を打つ。なぜ小さな人たちは、こんなにも心をつかむのだろう。
様々な場所を旅して、知っている土地も多く出てきた。タリン、ヘルシンキ、バルセロナ、ニース、バリ、台北、パリ、ハワイ・・・。ベトナムのマジェスティックホテルも登場した。これまで泊まった中で、私が一番好きなホテルだ。
私たちは、これからも旅をする。まだ見ぬ場所で、知らない人と会話を交わし、見たことのない風景を見て回ろう。世界を知ることは、生きる喜びのひとつである。