79 周防柳 中央公論新社
女性は天皇になれるかなれないかなんて、今頃、論議が盛んになってるけど、その昔、聖武天皇と光明氏の娘は女性だけど天皇になった。それも重祚して二回も。孝謙天皇と称徳天皇である。この孝謙、称徳天皇をたぶらかしたのが道鏡という僧侶だと言われている。
道鏡はすごく悪い奴だというのが歴史の定番になっているのだけれど、本当にそうなのかな?と前から私は疑問だった。だいたい歴史というのは勝者が作り上げるものなので、勝者こそが正義であるというストーリーで語られる。だから、失脚した歴史上の人物はみんな悪者にされている。平清盛なんかも相当悪い奴にされてるけど、彼、政治家としては結構やり手だったはず。道鏡は、女性天皇への偏見も相まって悪者にされてただけじゃないかと思えてならなかった。
コロナ禍のさなか、家に閉じこもっているのはうんざりだし、かといって人がいるところにも行けない。というわけで、その時期、地方の小さな駅でレンタサイクルを借りて、その近辺のあまり知られていない史跡を訪ねて歩くということをやっていた。失脚したのちの道鏡が流されたという下野薬師寺あたりもサイクリングした。資料館があったのだけど、コロナ禍で閉館中。コロナ明けに再度資料館を再訪もした。道鏡は流されて二年後には亡くなり、庶人として葬られたらしい。別に悪い奴だったという伝承もなく、責任者として着任したらしいし、地元に都の風をもってきた人だったんだろうなあ、なんて想像したりしていた。
この物語は大胆に想像を膨らませて、孝謙天皇の恋とその成就が描かれている。天皇の地位を捨てても恋を選んだ女性と、彼女を守った看護僧。しかも、その血筋には秘密があった‥‥。そこには新羅の国や韓の国から流れてきた孤児たちもいた。皇統の人々もあれやこれや相当生臭い話があった。
これは物語だし、おとぎ話みたいなものだけれど、結局のところ、皇族の皆さんもこんな感じはあったのだろうと思う。男と女が入り乱れて、誰が跡目を継ぐかで権謀術数があり、暗殺があり、たくらみがあり。古墳を発掘してDNAを現代科学で調査したら様々なことがわかるだろうなあと思う。
歴史の教科書に出てきた名前の人たちが生き生きと動き出し、人間臭くやり取りする。その時代、彼らは間違いなく生きていたのだと思う。人は、皆、笑ったり泣いたり怒ったり間違ったり戦ったりしながら、日々を生きてきた。今を生きる私たちと地続きに、道鏡も孝謙天皇も存在した。歴史がぐっと近づく。だから歴史小説は面白い。