132 赤根智子 文芸春秋
トランプ政権により米国の制裁者リストに入れられてしまった、国際刑事裁判所所長、赤根智子氏の著作。副題は「国際刑事裁判所は屈しない」である。
ICC(国際刑事裁判所)というものの存在自体をよく知らなかった私。法学部卒業のくせに。大反省である。ICCは、2002年、ローマ規定に基づき、中核犯罪を対象とする国際刑事裁判所として設立された。中核犯罪とは、ジェノサイド犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪の四種類である。締約国は125か国。日本は2007年に加盟したが、アメリカ、中国、ロシアなどは締約国ではない。
プーチン大統領には、2022年、ウクライナに対する戦争犯罪などの容疑でICCから逮捕状が出された。この逮捕にかかわったICCの検察官と裁判官(赤根氏を含む)に対して、ロシアは報復措置として逆に指名手配をしている。2025年、ICCは、ガザにおける戦争犯罪の容疑で、イスラエルのネタニヤフ首相や前国防相などに逮捕状を発布した。それに対する報復措置として、トランプ大統領は、まずICC検察官のカーン氏を米国の制裁対象者とし、先ごろついに赤根氏もその対象とされた。高市氏が「残念に思う」としか言わなかったこのことを、私たちはしっかり覚えておかねばならない。そもそも赤根氏は国の要請を受けてICCの裁判官となったのだし、所長になるときにも外務省は全面的に協力支援を約束した事実がある。何が「残念に思う」だ。
この本で赤根氏は「法の支配」の大切さを何度も訴えている。私たち人類は、長い歴史の中で、支配者や権力者が自分たちの都合のいいように社会や人々を裁き、動かしてきたことを知っている。それをできる限り抑制し、誰もが納得できる、公平な裁定ができるために、法律というものが作り出された。個人の恣意や感情に惑わされない、ゆるぎない基準としての法にすべての人が従う。裁判官は「何が主観的に正しいと思うか」ではなく「何が客観的に法律に合致するのか」を裁く。いまでは当たり前のように思えるこのシステムが常に完遂されることは、実はとても難しい。権力者は、いつも、法の目をかいくぐって自分の都合の良い方向を目指したがるからだ。今回のトランプの制裁措置などまさにそれである。
いままでICCが何をしてきたか、何を目指してきたのかがこの本には丁寧に書かれている。日本の法制度に中核犯罪の規定が欠落していることも、私は初めて知った。大学では中核犯罪などという概念すら習わなかったと思う。国内だけでなく、国際的に法の支配があって、初めて人々はどこにいても安心して生きていける。権力を持った誰かの意に沿うかどうかではなく、法に照らして正しいかどうか。法の支配があってこそ、平和と公正は保たれる。
赤根氏のこれまでの人生を振り返る章もあった。本当は理科系の研究者になりたかったが、その当時は女性は研究者には非常になりづらい状況があって司法試験を目指すことになったのだという。検察官になってからも、被疑者が男性の立ち合い検察官を検事だと認識してそちらに話そうとしたり、男性専門の拘置所で取り調べを行うと女性相手でみんなが興奮するといけないと言われて全身を覆う妙な白衣を着用させられたり、地検の庁舎に女性トイレがなかったりといったエピソードが並んでいた。私も大学時代、法学部の校舎は四階にしか女性用トイレがなく、急を要する際にとても困ったことを覚えている。今、ICCの裁判官は18人中11人が女性である。だが、日本の現状はまだまだ遅れている。どんな職業であれ、どんな役職であれ、女性がごく普通にいる日本であってほしい、と彼女は書いている。
もしICCがつぶされてしまったら、「法の支配」のもとで、正しく裁判をすることによって平和を構築しようとしてきた戦後の取り組みが無に帰することになる。そんなことがあってはなりません。
(「戦争犯罪と闘う』赤根智子より引用)
この本を多くの人に読んでほしい。多くの人が、ICC赤根所長を支持し、トランプによる制裁に抗議し、「残念」にしか思わない高市氏にNOを突きつけてほしい。私たちは決してこの問題を忘れてはならない。ICCの正しい活動と存続を、私は心から求めたい。
