拳闘士の休日

拳闘士の休日

130 トム・ジョーンズ 新潮社

「別れを告げない」で、指を切り落としてしまったエピソードが痛すぎてなかなか先に進めなかったというのに、この本はさらにその上を行く。いくつもの短編が収められているのだが、その中ではベトナム戦争で無残に人が死んでいく。残虐な戦闘シーンに加えて、戦場で精神をやられた兵士たちが収容された病棟のすさまじい混乱ぶり。痛みと苦しみと怒りと大騒ぎと悪臭と暴力が混じり合って地獄の様だ。

打って変わって深海に潜水する男とそれにぞっこんな女のエピソードもある。死にそうな犬を必死に介護するアル中の元ボクシングチャンピオンと、彼に心酔する現役ボクサーの物語もある。インドで瀕死の馬を助けようとする大金持ちの広告マンもいる。共通しているのは、誰もがどこか壊れていること。自分が自分の存在をよく把握できていないこと。

作者はアマチュアボクサー出身で、試合中の外傷による側頭葉癲癇を精神分裂病と誤診された経験がある。海兵隊に入隊したが、病気のせいでベトナムには行かずに済んだそうだ。小説の中のリアルな戦闘シーンを読むと、戦場に行っていないというのが嘘のように思える。

「ニューヨーカー」への持ち込み原稿が活字になると、発売と同時に熱烈な賛辞を呼び、O・ヘンリー賞を受賞した。「ニューヨーカー」への持ち込み原稿は年間二万五千部で、そのうち活字になるのはせいぜい三編だという、

酷い状況、恐ろしい場所にいても、人は生きる。痛く苦しい手に負えない物語ばかりなのに、なぜか前向きな気持ちになれる、不思議な短編集であった。