旅行人No.164 ポルトガル

旅行人No.164 ポルトガル

132 旅行人

副題は「ポルトガルサウダーデの国すべてを旅する」。「バックパッカー・ヴァイタミン」同様、出版社「旅行人」が紙の本の出版を終わらせるため、在庫の本を放出、その時に購入した。発刊は2011年なので、もう13年以上前の雑誌である。

子どもが家を離れるまで長期の海外旅行は無理で、もともと旅好きの私たちは、いつか時間が出来たら世界中を旅しようと言いあっていた。その頃は雑誌「旅行人」を購読して、私たちの代わりに世界を旅してくれる人たちの報告を読んで心を慰めていたものだ。

ポルトガルの首都リスボンには、いつか必ず行くと子どものころに心に誓っていた。理由は単純である。大好きな「長くつ下のピッピ」という物語の中で、学校に行っていないピッピは、おまわりさんに学校に行かなければいけないといわれる。「なぜ、学校に行かなきゃいけらないの?」と聞くと、おまわりさんは「もちろん、いろんなことをこそわって、おぼえるためさ。」と答える。おまわりさんは「そんなにものをしらないでいたら、どんなになさけないか、かんがえてごらん。いいかい、きみが大きくなってから、だれかがきみに『ポルトガルの首都はどこですか?』ってきいたとする。そのとき、きみは返事できないんだぜ。」それに対してピッピ流の様々なやり取りがあるのだが、最後に彼女はこういう。「わたし、おとうさんといっしょにリスボンにもいったわ。」

ああ、なんてカッコいい。と子どもの私は思ったものだ。大人に頼らずに生きていける力のあるピッピ。ポルトガルの首都を知らないと恥をかくという大人に「私は知ってるわ」ではなく「リスボンにもいったわ」と答えるなんて、なんとしゃれていることだろう。こんな人に私はなりたい。だから、いつかリスボンに行く。そして、ポルトガルの首都も知らないんだろう、という大人に「私、リスボンにもいったわ」と答えてやる。そう決意してから何十年。(ところで、11月14日はピッピの生みの親、リンドグレーンの誕生日だそうだ。岩波書店が教えてくれた。)

この雑誌にはポルトガルのあらゆる場所に旅した記録が載っている。十数年前の情報ではあるけれど。私はピッピ以降、実はそれほどポルトガルについて知識を蓄えたわけでも何でもない。だから、数年前に世界史を勉強した時に、ポルトガルの歴史にも触れて、知らないことだらけだった!と驚いたものだった。というわけで、古びてはいるかもしれないけれど、興味深い記事であった。実際にポルトガル各地を歩いたレポートはとても詳しいものだった。

雑誌「旅行人」は、この後、ほどなく休刊してしまうのだが、それまでは石井光太が連載を持っていて、この号ではタイ、パッポンのゴーゴーバーに出没したといわれる「注射器娘」のルポが載っていて、それもまた興味深かった。当時、石井氏はアジアの貧困問題のルポをたくさん書いていたものなあ。

さて、来年はポルトガルに行くかもよ。
行ったらついに言えるんだ。「私、リスボンにもいったわ。」って。