日没

日没

2021年7月24日

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「日没」桐野夏生 岩波書店

桐野夏生はいつだってゾワゾワする。見たくないものをえぐり出し、否定したいものをさらけ出す。それにしても、この本は怖すぎた。たぶん、対象が人間ではなく、国家権力だったから余計にそうだったのだろう。

女性作家のもとに「文化文芸倫理向上委員会」から召喚状が届く。尋ねたいことがいくつかあり、講習を少し受けてもらう、ということだったのが、行ってみたら、収容所に収監され、監禁され、「正しいもの」を書けるように「更生」するための指導を受けることになる。そう言えば、このところ、作家や役者など表現者の自殺、病死が相次いでいたことをふと思い出す・・・。

自分の「正しさ」に固執して、人の意見を全く理解しない、耳を傾けない人が時としている。頭が悪いんだな、で終わらせるのは簡単なのだが、この思い込みが暴走するとこわいことになる。ぞっとすることがある。時の権力者を見てそう感じてしまうのが、今という時代の恐ろしさである。

この作品は、そうした現実の恐ろしさと微妙に呼応する物語だ。当たり前の言論活動に口を挟まれ、変更を求められ、もっと良いものを書け、もっと良い方向に思想を変えろ、と求められていく。そのためなら手段を選ばない。なぜなら、正しさは、権力側にあるからだ。

日々を生活すること、食べること、飲むこと、時を過ごすこと、行動を決定すること。そんな当たり前のことがどんどん制限され、支配され、気がついたときには一歩も動けなくなっている。そんな状況が本当に怖い。この物語が、絵空事だけで済むのなら本当に良いのだけれど、と暗澹たる気持ちになってしまった。ちょっとだけ覚悟してから読んだほうがいい本かもしれない。

2020/11/30