56 村田喜代子 文芸春秋
村田喜代子を最初に知ったのはいつだったっけか。この人、すごい。と夢中になった。それから、全ての作品を読んだつもりが、いつのまにか抜けがいくつかあるのを発見しては穴をふさいできた。もうだいたい読んだかな、と思っていたのに、思いがけずに見つけたのが、この平成十年の作品。私がちょうど下の子を産んだころだから、きっとそれで読み落としていたのだろう。
「望潮」「浮かぶ女」「白鳥便所」「屋根を葺く」「水をくれえ」「闇のウサギ」の六篇の短編小説集。表題作の「望潮」は蓑島という小さな島の老人の当たり屋の話。腰の曲がった老人が手押しの箱車をゴロゴロ押して、海辺の車の走る道に出ていってできるだけ補償金のたくさん出そうな車を物色して当たろうとする。長生きして家の者に迷惑をかけるよりひと思いに死んで家族に多額の補償金を出してやった方がいいという魂胆である。ぞろぞろ浜から上がった蟹のように老人が車道へ這い出てくる。運転手側もそれがわかっていて牛のようにのろのろした徐行運転しかしない。怪我するだけで下手に命拾いすると帰って困るので、老人たちもそんな車には飛び込んでいかない。そんな光景をかつて見たという老教師の話を聞いてかつての教え子がそれを見に行くのだが・・・。
このストーリーは後の「姉の島」に続いていったのかもしれない、と思う。その他にも「屋根を葺く」は後の「屋根屋」に繋がっていくような気がする。そうか。こんなところであの小説たちが芽吹いていたのか。そう思うといとおしい気持ちになる。村田喜代子は夢と現実のぎりぎりの淡い淵をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら物語を紡ぐのが上手だ。それが私はとても好きなのだ。
また、村田喜代子さんの新作が読みたい。村田さん、どうか長生きしてください。