本屋の人生

本屋の人生

83 伊野尾宏之 本の雑誌社

西武新宿線の中井駅近くにあった書店が、2026年3月末に閉店した。同じ西武新宿線沿線に住んでいたことのある私は、大江戸線への乗り換えでこの書店の前を何度か通ったことがある。書店内でプロレスの試合が行われたこともあるといううわさ話を聞いて、ずいぶん攻めた書店だと思っていた。店頭にはたくさんの雑誌が並び、分厚い紙で作られた絵本がくるくる回る装置にセットされていた、と思う。ぱっと見、どこにでもある町の本屋さんだった。

そんな「どこにでもある町の本屋さん」は、もはやどこにもない。小さな駅前にも必ず一軒はあったはずの雑多な品揃えの本屋さんはいつの間にか消えてしまった。残っているのは、店主の本への思いが伝わってくるような熱い本屋か、大型書店などばかりだ。コンビニの雑誌コーナーすら縮小され、片隅に追いやられている。かつては店の前面ガラス前におかれ、立ち読みする人の存在が店の賑わいを見せるしるしになっていたのに。

材木屋から本屋へ転身した父親の跡を継ぎ、働き始めて26年。伊野尾さんは本屋を閉める決断をした。やめようかな、と思ってから7年。もうちょっとやってみるか、といろいろ頑張ったし、その間に「本屋って素晴らしいな」と何度も思えたそうだ。けれど、もうちょっと無理だなあ、と考えた。無理もない。本を読む人は驚くほど減ったし、ネット書店や電子本も大きく広がった。街角の小さな、なんでもある本屋さんの生き残りは本当に難しすぎる。悲しいけれど、そういう時代なのだ。

この本は、お父様が店を立ち上げてから作者が後を継ぎ、閉店に至るまでの様々な思い出が書かれている。いろんなお客さんがいて、いろんな取次や本屋さんの仲間もいて、いろんな店員もいた。トラブルもあった。楽しいイベントもたくさんあった。そして、徐々に売り上げは落ち、客足は遠のいていった。なんだか自分の歴史を読んでいるような気もした。だって、転勤族の私はあちこちの地方を住み歩きながら、いつも近所の「どこにでもある書店」にふらっと立ち寄っては雑誌や漫画を立ち読みしたり、気に入った本を買って帰ったりしていたのだから。日本中のどんな場所にもそういう本屋さんがあって、どれだけお世話になったか知れない。でも、そういう場所はもう失われてしまったのだなあ。そう思ったら、不覚にも涙が出そうになった。