90 橋本治 幻冬舎文庫
私の好きな人はすぐ死んでしまうシリーズの一人である。ああ、なんて不吉な表現、と自分で自分を叱ってしまう。彼は晩年、ひどい借金を返すために必死に働いて、次々に著作を発表していた。これもその一つなのだろう。量産しても、どれもが読み応えある。だから早死にしちゃうのよ、悲しい。
まさしく人生相談そのものである。そして、結構うがった見方をしたり、とんでもない場所へ行ってしまうこともある橋本さんにしては、非常にまっとうに真正面から誠意を込めて回答がなされている。
相談は、仕事について、親子・兄弟について、生き方について、夫婦・恋人について、人づきあいについて、の五項目。それぞれにいくつかの相談が寄せられている。
たとえば、仕事について。「やせてニキビ面で禿げているので上司に好かれず、安月給です。」という相談がある。これに対して彼は「飛躍しすぎでは。あなたは重要なあることを素っ飛ばしています。」と指摘する。身体的コンプレックスがあるために周囲となじめないのはわかる。だが、「コンプレックスがあるから上司には好かれず、査定も悪くなって自分だけ安月給」というのは飛躍である。痩せてニキビ面で禿げていても、どうして明るく陽気にできるんだろう、と思うような人も世の中にはいる。安月給というが、周りとうまくなじめないあなたが、なぜ周囲の人の給与額を知っているのか。本当に自分だけが安月給なのか。コンプレックスのせいで「近寄るな」オーラを自分が出しているのではないか。じゃ、どうすればいいかというと、とりあえずはまず笑う訓練をしてはどうだろう。
相談者は自分の視点と立ち位置から相談文を書いてくる。橋本治は、それを丁寧に読み解いて、違う論理を提出する。ズレた本質を見通して、本当の問題はここにある、と指摘する。世の中の相談の多くは、実はそういうものじゃないかと私も思う。本人が一番問題だと思っていることそれ自体はそんなに大きな問題ではなく、本当に最も重大な問題は、本人が目をそらしている場所にある。それを、いくつもの相談を通して彼は丁寧に指摘し続ける。実は悩みというものは、別の場所にあるのだよ、あなたがこう考えれば、こう見れば、それは大したことではなくなるのだよ、それよりも、こっちを気にしなさいね、と。
カウンセラーはあまり口を挟まずに相談者にまずは語らせるというが、たぶん、橋本治も本質的には同じことをしているのではないか。本人が一番気にしていることではない場所に潜む問題、物事の本質、悩みの本当の姿を相談文から掘り起こし、読み解き、ここですよ、この部分について考えてはどうですか、と語りかける。それこそが誠実というものじゃないか、と思えてくる。
橋本治、やっぱりただものではなかった。ありふれた悩み事相談で、わかりやすい普通の言葉を使って答えているだけなのだが、よく読むと結構深いぞ。そこが、橋本治なのである。惜しい人をなくしたなあ。