止まった時計

止まった時計

2021年7月24日

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「止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記」

松本麗華 講談社

 

麻原彰晃の三女の、生まれてからこれまでを綴った本である。胸が痛かった。
 
どの親のもとに生まれるかなんて、子どもには選べない。教育が義務であるとなされていても、親がそれを拒絶したら、普通に学校に通えないまま育ってしまうこともある。当たり前の生活をしようと願っても、住所の登録を自治体から拒絶され、賃貸住宅の契約も断られたら、どこかに住むことさえままならない。勉強して大学に受かっても、親の名前がバレた時点で、入学を取り消されてしまったら、勉強すらできない。
 
つらい半生だったと思う。六人もの子どもを育てながら、夫にろくに省みてもらえない母親が、我が子に十分な愛情を注げなかったとしても、無理も無いところがある。そういう中で、学校にも行かず、ごく普通の家庭生活もない中で、たまに顔を見せる父親だけが、無条件に温かい言葉をかけてくれていたとしたら、その父が心の支えになるのも当然のことだ。
 
周囲の大人が、彼女の血統を利用しようとし、ときに兄弟や母とも行き違い、分かり合えなくもなったとしたら、自分の生きている意味など見いだせなくもなるものだろう。自傷行為に走ったり、死にたくなることもあるだろう。
 
私はただひたすらに、一人のちいさな子どもだった女性が大人の都合に翻弄されながら、なんとか30年ほどを生き抜いてきたことに胸が痛かった。周囲の大人たちの罪は、ましてやあんなひどい犯罪は、もちろん断罪されてしかるべきである。だからといって、たまたまそこに生まれてきた子どもを、どうして私達の社会は守ろうとできなかったのだろう。
 
彼女が、一人の人間として、これ以上苦しむことなく当たり前に生きていけることを、心から願いたい。

2015/11/16