氾濫の家

氾濫の家

43 佐野広美 講談社

初めましての作家。確か新聞の書評欄で見かけたんだと思う。ごりごりのDVミステリであった。いや、DVだけではなく、ヘイトやブラック企業や、あとなんだろう、学歴偏重、他責思考や差別偏見などが溢れかえっていた。途中で苦しくなった。でもリタイヤしたらずっともやもやしそうで最後まで読んだ。結末は‥‥すっとしたわけではないが、まあ、これが救いではあるのかなあ、そうかなあ、なんだかなあという感想である。

支配的で抑圧的な姑と夫の元で子どもを二人育てた女性が主人公。さんざん介護させられた姑は亡くなっているが、夫は輪をかけてひどく抑圧的だ。子どもの問題はすべて母親の責任だし、家族が思い通りにならないのは「できそこない」認定される。体調を崩した彼女は遠距離のカウンセラーにかかっている。そんな中、隣家の大学教授が刺殺体で発見される。その時間帯に近所で見知らぬ男とすれ違っている彼女。だが、その事実を警察にはなぜか言わない。

ブラック企業がばりばりのヘイト事業を強引に推し進めたり、裏で政治家や警察と繋がっていたり。アメリカンフットボール部出身の夫は、善悪関係なしに上司の意向に沿うためなら何でもすることが使命だと思い込んでいる。いるよなあ、こういう人って。カウンセラーは、なんだか信田さよ子さんに似てるなあと思っていたら、参考資料に信田さんの著作名があった。

主人公の夫は、自分が家庭で一番偉くて、家族はみんな自分の思い通りに動くのが当たり前だと思っている。うまくいかないと妻をののしる。妻は、自分を押し殺して、夫が何を望んでいるかだけを考えて生きており、子どもに「今度はうまくやってよ、じゃないと私が怒られるんだから」ということが「励まし」だと思っている。夫に殴られたり叩かれたりはしないが、精神的には常に抑圧されており、自分の意志はどこにもなく、そもそも自分というもの自体がない。カウンセリングに通って少しずつ何かに気づき始めてはいるが。そんな彼女に時々届く手紙がある。彼女の心の内を思い、励ますその手紙はいったい誰から、どこから来るのか。意外な展開がある。

読んでいてどんどん気持ちがふさぐのは、程度の差こそあれ、似たような家庭に育った自覚があるからだと思う。私の父は独裁者で、父の気分に従わないと怒鳴りつけられ、叱り倒され、徹底的に否定された。母は父が大声をあげないためにいつも顔色を窺っていた。それでも父の思い通りに行動しない私は家の中で偏屈な存在だったし、出来損ないの立場にいたのだと思う。そんなことを思い出さずにはいられないミステリだったので、読み切るのは結構ハードだった。逆に言うと結構リアリティがあったからこそそう感じたのだとは思う。

現実にこういう家庭はまだあちこちにあるのだろう。妻が鬱状態に陥ったり、子どもが反抗して家を飛び出したり、引きこもりになったりということの背景にはこういう家庭も多数あるのかもしれない。でも、そのさ中にいる人たちは、それが異常だとか、間違っているとはこれっぽっちも思えないでいたりすることが多い。家庭はブラックボックスで、他の家庭がどうなっているか、そこで生まれ育ったものにはわからないからね。だから、この本にたまたま出会って「うちってこれだ!」と思う人がいたら、一歩踏み出すきっかけにはなるのかもしれない。この妻こそが私だ、と気が付ける人がいたら、ちょっとは事態が変わるのかもしれない。とは思う。

思うが、重苦しいミステリではあった。もう少し希望の持てる明るい小説を次は読みたいなあ。