消費される階級

消費される階級

46 酒井順子 集英社

日本のアイドルに一重まぶたはいない、韓国アイドルには一重まぶたがいるという指摘になるほどと思う。そういわれてみればそうかも。学生時代、一重まぶたの子はみんなアイプチという接着剤みたいなのでせっせと二重まぶたを作っていた。私はたまたま二重だったので、まぶたのつくりに関して意識的になったことはないのだけど、たぶん一重の人たちはそれをどうするかが大きな問題だったのだと思う。私の姉なんて、片方が二重で片方が一重という両方持ちの人だったので、すごく気にしていたのを覚えている。接着剤で目を腫らしたりしたこともあったっけ。著者は、天皇家に一重まぶたのプリンセスが誕生したら日本は様々な意味で新たな時代に入ることができる、なんて書いている。確かに、その時代の子たちに大問題でありながら、忘れてしまうこと、世間で取り上げられないことってあるよね。そして、それが意外に大きな真実を示すこともある。

ところで、著者はクレバーなお方なんだろうと思う。今まで読んだ本の感想もほぼ同じ。そうなんだろうな、そうじゃないかな、となんとなく思っていたことを明確に言語化して提示してくれる。それはそうなんだけど、そこから一歩踏み出すというか、その言語化された事実を、著者自身がわれとわが身にどう受け止めているのか、そこから何を得て、どんな風に変化したのか、が今一つよくわからない。たぶん、そこは書いていない。あくまで冷静に、昔はこういわれていたことが、今はこう捉えられるようになった、それはなぜならこういうことだからです。という明確な説明。でもさ。私が知りたいのは、きっとその次のことなんだ。この著者はあくまでもスタイリッシュ。感情をあらわにせず、あくまで冷静を保つのが信条で、私みたいにすぐ横道にそれたり、事実を自分の自分の中に投影して、内なる闇をいじくってぐじぐじしたりしない。問題の外、外だけどすぐそばに立っている人、みたいな感じ。でも、だから、あんまり心に響かない。そうなのか、そうだよねえ、その通り。と思うけれど、そこから新しいどこかに一歩踏み出すものが見いだせない。それは、私だけなのか?